第536話 ケルベス皇帝の書簡
幸いティアニス王女から新しい仕事を押し付けられることはなかった。
とにかく今はルーイドの管理をしっかりして欲しいようだ。
王都がああなってルーイドから産出される食料にまで不安が出たら収拾がつかない。
それを彼女は恐れている。
そういえば王都が攻撃されてからまだルーイドに顔を出していない。
不安に思っているかもしれないし、一度様子を見に行く必要があるな。
少し遅れたがケルベス皇帝から預かった書簡を渡す。
ティアニス王女とアナティア嬢がざっと目を通していくのをお茶を飲みながら待つ。
何と書かれているのだろうか。
読み終わった後、ティアニス王女は書簡を机に放り投げた。
表情は少しばかり冴えない。
アナティア嬢も笑顔ではあるが、少し困ったような印象を受ける。
「ヨハネ。あんた新しい皇帝に気に入られてるのね。外交の用事ができたら貴族の外交官ではなくあなたを送って来いと書いてあるわ」
「どちらかというと王国の貴族が嫌われてるのかもしれないけれど」
「それはそれで問題よアナティア姉様……」
「確認しても?」
どうぞ、とでも言いたげにティアニス王女は手をひらひらさせる。
本来ならヨハネの立場では目にすることも難しいのだが、この場でなら構わないということだろう。
早速手に取って確認する。
途中までは挨拶や戴冠式の祝いに対する感謝などが書かれていた。
全体的に上から目線に感じるのはわざとだろう。
不可侵条約や友好条約があるとはいえ国力の差は明確だ。
それをハッキリさせようという意図を感じる。
途中からは以前の担当外交官が不愉快な相手だったことが書かれており、引き続き起用するなら友情にひびが入るという警告があった。
その代わりヨハネはよくしてくれており、個人的な親交もあって彼となら前向きな話ができるとある。
実質外交を続けたいならヨハネに一任しろと書かれているに等しい。
……外交官でも貴族でもないのになんでこうなったんだろうか。
ケルベス皇帝からすればやりやすい相手なのは間違いないだろうが、他国の外交官を指名するなんて聞いたことがない。
「なんにでも首を突っ込むからじゃない?」
後ろでこっそりとアレクシアに言われた。
お客に対してのアフターサービスのつもりだったんだ。
しかし巻き込まれた以上は断るのも難しい。
それでもお互いの友好を維持していけることを願っていると文章の最後に締めくくられていた。
魔石に関しては贈り物として好きにしていいと書かれていた。
評価した分だけヨハネに渡すようにとも。
ティアニス王女は半分持って行けと言ってくれた。ありがたい。
「こっちの考えが読まれてるのかしら。あなたを使うしかないのを見透かされてるような気がするわ」
「実際新しい皇帝はどう?」
「あの人は相当な切れ者ですよ。周囲に優秀な人たちもいますし」
「羨ましいわ……。こっちは例え優秀でもイデオロギーに染まった連中ばかりなのに。まぁいいわ。今回のことであなたの起用に反対する声も小さくなる。引き続きよろしくね」
相談役という立場になったので、定期的に来るようにと念押しされて今回は終わった。
最後に通信用の魔道具を持たされた。
ヨハネが持っているものよりも高性能で、双方向から通話が可能なようだ。
急ぎのときはこれで呼びつけられるらしい。
いちいち人を使って呼び出すのも時間の無駄ということだ。
カノンも病院送りになっているし。
あんまり受け取りたくなかったが、仕方ない。
ティアニス王女の部屋から退出し、そのまま王都を軽く眺めた。
職人が集まっているのか、以前よりも人口が増えたように感じる。
この調子なら建築資材を扱っている商会はしばらく左団扇だろう。
ポータルを利用しカソッドに帰ってくる。
やるべきことは残っているが、今すぐの仕事はない。
とにかく今は心身のリフレッシュが必要だ。
全員に休暇を言い渡し、先に風呂に入ってベッドに突っ伏した。
帝城のベッドは最上級のものでふかふかだったがやはり自宅の方が安心する。
睡魔に身を委ねて、思いっきり寝た。
たくさん寝たおかげで頭もスッキリだ。
ようやく日常が戻ってきたなと思いながら帳簿を開いて愕然とした。
かなり厳しい財政状態になっている。
いや、儲けはちゃんと出ている。
本業の商店は安定した利益を出しているし、カズサに任せている猫の手亭も予想よりずっと良い数字だ。
ルーイド関係も農作物や加工品はちゃんと売れている。
帝国の商店との協業も結果が出るのはこれからだが、石鹸と香料は消耗品で人気があって堅い商売だ。
しかもロイヤリティを貰えるのでリスクも少ない。
ではなぜ財政が厳しいかといえば、短期的な資金がショートしかかっている。
いくら業績が良くても資金がなくなればどうしようもなくなる。
原因はここ最近の大規模な出費と品物の値上がりだ。
猫の手亭の改修費用もカズサの頑張りで予定より少ないとはいえ、それなりの額だった。
税金の支払い期限も近い。
ちょっと前にガッツリ稼いでいたので正直油断していた。
どれだけお金があってもちょっと思い切って使えばすぐになくなってしまう。
だが今の時点で分かってよかった。
厳しい状態だが、まだどうにかなる。
算盤を弾き、必要な額を正確に計算した。
金貨五百枚あれば乗り切れそうだ。
手持ちの金貨は二百枚ほど。
いつの間にか扱う金額が大きくなったなと感心した。
魔石を売れば恐らく届く。とはいえしばらくは稼ぐことに集中したい。
そのためにやることリストを整理する。
優先度としてはまずバロバ公爵に王冠を届けること。
次に魔力が失われた風の精霊石の復活の手段を探すこと。
ルーイドの様子を確認する。
そして自宅も含めた商店の大規模な増築だ。
この増築で父親が残した土地をようやく使いきれる。
馬車二台を扱えるようにしたいし、部屋も増やしたい。
これは借金でやるしかないだろうな。
馬車二台体制になればすぐに返せる。
まだまだ忙しい日々になりそうだ。
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