第530話 人体トーチ
エルハーニとアズが相対する。
アズの表情はここからは見えないが、背中から強烈な怒りを感じた。
「銀髪に青い瞳。私の記憶が確かならば……創世王の使徒を継承した少女。名前はアズと」
「貴方に私の名前を呼んで欲しくありません。不愉快です」
「おや、嫌われたものですね。神殿騎士エヴリスを退けたのも貴女と聞いております。いやはや、剣の腕以外はとるに足らない男でしたが見事なものです。ですが、あの程度が太陽神教の実力とは思って欲しくありません」
エルハーニが喋っているうちにチラリと先ほどの熱線が当たった壁を見る。
石の壁が一部熔解していたのが見えた。
一体どれほどの温度なのだろうか。
アズが持っているのはただの鉄の剣だ。
あの熱線を防ぐのは難しいだろう。
アレクシアが魔法の結界を張ってくれたもののこっちに撃たれるのも脅威だ。
「このドレスを着た時、よく似合ってると言ってくれたんです。大切に着ると約束したのに……。許せません」
アズが剣を振ると、火と水の精霊が剣の周囲へと漂う。
「ならまず貴女から処理するとしましょう。最高の生贄になるでしょうから」
エルハーニの両目から熱線が放たれる。
文字通り光の速さで到達するそれは反応してからでは防御が間に合わない。
しかしアズはエルハーニの予備動作から攻撃が来ることを先読みし、剣の腹を斜めにしてから熱線に当てる。
熱線はアズの剣に触れた瞬間弾かれて上へと向けて軌道が変わる。
剣と熱線が衝突し、ジジジという音が聞こえる。
剣の刃はみるみるうちに真っ赤に染まっていくが、溶けたり折れる様子はない。
「精霊の力で剣を守ってるのよ。だから剣が熱に負けない。いつの間にあんなコントロールができるようになったのかしら」
「アズちゃんは暇な時にオルレアンと一緒に精霊と遊んでいましたからね。自然と学んだんだと思います」
「それをあっさり戦闘に活かすんだから、相変わらずセンスが飛びぬけてるわ」
「完全に無効化できるほどじゃないみたいだけどね」
アレクシアたちの解説を聞く。
精霊の助力でなんとかしているのは分かった。
エルハーニは何度も熱線を放つが、アズは剣で弾いていく。
流れ弾がこっちにくることがあったが、結界が守ってくれた。
弾く度にアズは一歩ずつ進み相手との間合いを縮める。
笑みを浮かべていたエルハーニの表情から余裕が失われていくのが見えた。
火傷も最初より酷くなっている。
明らかに代償が大きい。
そしてアズが大きく一歩踏み込めば、剣が届く位置までたどり着いた。
「曲芸は終わり?」
「太陽神様から頂いた祝福を曲芸だと……! このガキ」
エルハーニはもはや丁寧に口調すら投げ捨てている。
勝敗は決したも同然だ。
「貴方じゃ精霊の守りは抜けない」
アズがそう言って剣を横薙ぎに振った。
あっさりとエルハーニの首が斬られて崩れ落ちる胴体と共に床へと落下した。
アズの勝ちだ。
そう思ってホッと一息つく。
「まだです!」
だがアズはそう叫ぶと何かを警戒するように咄嗟に後ろへと跳ぶ。
首を斬り落とされたエルハーニの身体がひとりでに立ち上がった。
「アンデッド化した!?」
「いえ、違います。これは……なんておぞましい」
フィンの言葉をエルザが否定する。
立ち上がった胴体、切断面の首から火が燃え上がる。
まるでトーチのようだ。
人間がそう見えることに得体のしれない不気味さを感じた。
神殿騎士エヴリスの最期も異常だった気がする。
「ああ、そういうことなのですね。我らが主よ」
床に落ちているエルハーニの頭が喋った。
「人の身では主の祝福は強すぎる。ならば人の身を捨てればよいだけ。薪になるとはつまりは主の尖兵となることに相違ない」
「太陽神の種火を植え付けられたのね。死んでもなお太陽神のために魂を燃やし尽くされる。死という最後の安らぎすら拒絶するなんて」
エルハーニの頭はやがて燃え尽き灰になる。
だが胴体は健在だった。
お辞儀するようにして腰を曲げると、首の切断面がこっちに向く。
……その姿はまるで大砲に砲口を向けられているかのようだった。
アズはすぐに剣を両手で構えなおし、魔力を剣に集めていく。
首から火が放出されるのとアズが剣を振り下ろすのは同時だった。
膨大な魔力がぶつかりあい、壁にひびが入る。
衝撃波だけでヨハネは立っていられなかった。
エルザに支えてもらう。
エルハーニの胴体は次第に崩れていく。これでは自爆のようなものだ。
太陽神教は死なばもろともが教義の一つなのか?
両者の魔力は拮抗していたが、アズの剣が先に耐えられなくなった。
元よりただの鉄の剣だ。熱線を防ぎ、膨大な魔力にさらされて限界がきたのだろう。
いつも装備している封剣グルンガウスならば確実にアズが勝ったはずだ。
剣の刃が砕け散り、込めていた魔力が霧散する。
堰き止めていたアズの一撃がなくなり、通路を埋め尽くす火が一気に襲い掛かってきた。
アズが急いでこっちに走る。
アレクシアとフィンが前に立って盾になって庇ってくれようとし、エルザとオルレアンがギュッと身体を包もうとしてくれた。
万事休すかと思ったその時、横の壁が回転して通路が現れる。
そこにはグローリアとその部下が見えた。
同時に体中に何かが巻き付く感触がして、一気に横の通路へと引き寄せられる。
他の皆も同様だった。
全員が通路に引き寄せられた瞬間壁が元通りになり火をやり過ごせた。
「他にいるかもしれん。出口を塞げ。誰も逃がすな」
グローリアが部下に指示すると、一瞬で部下たちの姿が消えた。
「申し訳ありません。遅くなりました」
「いえ、間一髪……この糸を解いてもらっていいですか」
どうやらグローリアが糸で全員を縛り、通路へと引っ張ったようだ。
乱暴な方法だが助かったので文句は言えない。
糸を解いてもらい、自由になる。
「あんなの城に入れて警備はどうなってんのよこら」
フィンが立ち上がるとグローリアに文句を言う。
元々同業で顔見知りらしく、一言文句を言わねば気が済まないのだろう。
「警備の責任者が太陽神教に感化されており、巧妙に奴らを招き入れたのです。我々は陛下の警護が主ですので少し対応が遅れました」
「言い訳じゃないの。最強の暗殺者が聞いてあきれるわ」
グローリアはフィンの文句を聞き流していた。
彼女にとって重要なのは雇い主であるケルベス皇帝だ。
おそらく助けに来てくれたのも命令があったからだろう。
「怪しい動きをしたものは捕まえて対応いたしました。これより我々もヨハネ様の警備に加わりますのでご安心を。本来はこの通路は皇族と護衛しか知らぬ場所。それを明かしたのは陛下のお気持ちとお考え下さい」
「なるほど」
襲われたのが帝国のせいで、助けてもらったのも帝国か。
事態は複雑になる一方だ。
だが帝国の警備にまで太陽神教の根が伸びていたのが一番驚いた。
大陸でもっとも栄えた宗教なのだから、根強い信仰がまだ残っているのか。
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