第497話 城暮らしのヨハネ

「美味しいですね。このトマト」

「そうだな。よく熟してる」


 御者をしながらアズと一緒にトマトにかぶりつく。

 これは道中で立ち寄った都市アクエリアスで購入したものだ。

 収穫してすぐで新鮮だからか特に美味しく感じる。


 馬車での帝国への移動ももう慣れたものだ。

 最初は魔物に怯えたり野盗に気をつけたりと大変だったのだが、今では道が整備されたのもあり随分楽になった。


 帝都までの道のりは特にトラブルもなく、無事到着できた。

 ここまで平和な旅は初めてかもしれない。


 帝城に王国からの使者であることを伝えると、そのまま待たされる。

 暇をつぶす間に色々と城の中を見回した。


 王城とは趣が違う。

 贅を凝らしつつも、ところどころに武器が備え付けられておりいつでも取り出せるようになっていた。

 帝国は過去何度も内乱などで帝城が戦場になったことがあると聞く。

 その経験が形になっているのだろう。


「あんまりジロジロ見ないように」

「どうしてだ? せっかく中に入れたんだし少しでも」

「警備をしてる暗殺者がいるのよ。変な疑いを持たれたくないでしょ」


 フィンから言われて改めて周囲を見たが、全く分からない。

 兵士や貴族。それから出入りの業者や陳情に訪れたらしき人。

 誰もが怪しく見える。


「あんたが見たって分からないわ。同業だからこそ分かることもある」

「なるほど怪しい人間を見つけたらしょっ引かれるってことか」

「そういうこと。今回はちゃんとした身分もあるんだし問題ないと思うけど」


 そうであって欲しい。そうしているうちに受付の女性がこっちに来る。


「ヨハネ様。陛下がお会いなさるとのことです。こちらへどうぞ」

「どうも」


 どうやらこのまま会えるらしい。

 数日は待たされると思っていたので運がいい。

 アズたちを引き連れて奥へと進む。


 道中で通り過ぎた男性の視線がこっちに向く。

 美人揃いだから目立っているようだが、女を侍らせた使者と思われたかもしれない。

 しかし身の安全も考えれば皆を連れてきた方が良いのは間違いないので、気にしないことにした。


 ケルベス皇太子の執務室に通される。

 陛下と呼ばれていたので、もう実質帝国を掌握する立場にあるのだろう。

 ティアニス王女と同じで後は戴冠を待つのみといったところか。


「やぁ、ヨハネ。よく来たね」


 ケルベス皇太子はソファーに座ったまま気さくに声を掛けてきた。

 護衛のお付きであるグローリアも後ろで佇んでいた。

 早速ソファーに座ることを促されたので、遠慮せず座る。


「ケルベス皇太子殿下におかれましては、ご機嫌麗しく……」

「おいおい、我々の仲だろう。そんな堅苦しい言葉は不要だ。イセリアでの恩を私は忘れていない」

「そう言って頂けると嬉しいです。ですが今回は王国の使者としての建前もありますので。帝国の平定をなされたと伺いました。誠におめでとうございます」

「いやぁ大変だった。何度も命の危機を感じたものだが、やはりイセリア襲撃を五体満足で乗り切れたのが大きい。あれで一気に勢力を拡大できたからな」


 はははと笑いながらケルベス皇太子は服をはだける。

 そして鎖骨の辺りを指さした。

 そこには大きな傷跡がある。


「見てみろよ。この傷。自分の身体から血しぶきが飛ぶのは中々見れない光景だったぞ」

「それは……よくご無事で」

「やはり俺には天賦があるということだろう。カルロスには手を焼かされたがな」


 ケルベス皇太子はじっとこっちを見る。

 先ほどまでの笑顔は消え、為政者の顔を覗かせていた。


「王国は帝国と変わらぬ親交を維持したいと思っておりまして。ティアニス王女殿下から手紙を預かっております。それから贈り物として美術品なども持ってまいりました」

「ティアニス王女からか。ありがたく受け取っておこう。帝国としても王国とはこれまで通り仲良くやっていきたいと思っている。なんせ隣国だ」

「ええ。そうですね」

「太陽神教にはとても困っている様だし、手を貸して欲しいならいつでも言うといい。我々はいつでも歓迎だ。ティアニス王女にはそう伝えてくれ」

「分かりました。その申し出は伝えておきます」


 ケルベス皇太子はどこまで知っているのだろうか。

 匂わせてる程度だが言葉の端に俺は知っているぞ、という含みがある気がしてならない。

 王国の使者という立場ではあるが、決定権までは持たされていない。

 あくまでメッセンジャーとしての役割に忠実にいるべきだ。


 商人も王も約束に縛られるのは同じなのだから。


 とはいえどれだけ困ったとしても帝国の力を借りることはないだろうと思う。

 一度帝国の兵が王国に足を踏み入れれば、問題が終わった後に帝国に戻るという保証はない。

 そのまま占拠されれば帝国が実質支配する土地になってしまう。

 そうなれば帝国とことを構えるしかないが、戦力に困ったから帝国を呼んだのにその帝国と戦えるだけの戦力はあるとは思えない。


 軒を貸して母屋を取られるなんて言葉もあるくらいだ。


 政治的な話はそれで終わりとなり、後は近況報告……というよりは自慢話を聞かされた。

 明るく話しているのだが、内容は極めて残酷なものだ。

 つまるところライバルである兄妹親族を全て自らの手で殺した話なのだから。

 カルロスが後ろ盾になっていたという皇子などまだ四歳にも満たなかったという。

 きっと何も分からぬまま死んだに違いない。


 個人的に持ち込んだワインやぶどうジュースはケルベス皇太子の口に合ったようで、喜んでくれたと思う。


「帝国は帝位争いでいささか民を不安がらせてしまった。それらを解消するためにも戴冠式を急遽執り行うことにしてね。王国にも招待状は送ったのだが君を代理にするとある。信頼されてるじゃないか」


 戴冠式の出席。そんなこと聞いてないぞ。

 祝いの言葉で終わりだと思っていたのだが。


 ここにいないアナティア嬢とティアニス王女に心の中で文句を言った。

 二人とも来れる状況じゃないし、他の王族は死んだか療養地送り。

 下手な貴族を送り込むくらいなら子飼いでケルベス皇太子と知り合いのヨハネをということか。


「喜んで出席させていただきます」

「そうしてくれ。部屋は城の中に用意する。それまで旅の疲れを癒すといい」


 話はそれで終わり、礼を言って退出した。

 これはすぐには帰れそうにないな。

 だが帝城でしばらく優雅に過ごせるのは悪くないか。


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