第487話 一つの歴史の終わり
ティアニス王女の傍に移動し、後ろに付いていく。
幸いというべきか、二人の姫君が目立つ影響でこっちに目を向ける人物はいなかった。
精々お付きのオマケ扱いといったところか。
悪目立ちして良いことは一つもないのでありがたい。
目立つなら商人として結果を出した時にして欲しいものだ。
「……普段ならあの二人はあんなに取り乱したりしないのに」
「やっぱり傷が酷いのかしら」
「そうでないことを祈るしかないけど」
話題はやはり国王陛下の容態だった。
平民としては雲の上の人物で、年に一度あるパレードで遠くから顔を見る機会があるかどうかだ。
ヨハネはパレードの度に従業員と一緒に飲み物と食べ物を売り歩いていたので。実は顔を一度も見たことがない。
そんな暇があるなら一つでも多く売る。その方が大事だった。
医務室に到着する。
奥では仕切りに区切られた場所があり、騎士が二人で誰も入れないように守っていた。
ティアニス王女が騎士の前に姿を現す。
騎士たちはティアニス王女に気付くと、一度敬礼を行ったのちにそっと手で遮る。
「お待ちください、ティアニス王女殿下。陛下は現在治療中で中には誰も通さないことになっています」
「治療しているのは聞いたわ。でも芳しくないんでしょう」
「それは我々からはなんとも」
「下手したらもう二度と会えないかもしれない。通しなさい」
一瞬だけお互い目配せした騎士たちは、かしこまりましたと言って脇にどく。
……本当にまずい状況なのかもしれない。
いくら王女が来たと言っても。命に関わる重傷の治療を来訪で止めたくはないはず。
なのに通したということは今際の際かもしれないと騎士たちも思っているということだ。
さすがにぞろぞろとこの人数で中に入るのもどうかと思う。
エルザだけ一緒に連れて行くことにした。
カーテンを手で持ち上げて仕切りの中に入る。
そこでは横になった男性に対して司祭と医者が懸命に治療している姿があった。
ティアニス王女とアナティア嬢が近づこうとすると、助手の一人が慌てて止める。
だが相手がこの二人だと分かると、言葉に迷っている様子だった。
「魔法で清潔にしてから近付いてください」
医師が目だけこっちに向けてそう言った。
医師は手はおろか全身に返り血が飛び散っており憔悴しているのが分かる。
「私がやります」
エルザはそう言うと、全員に清浄の奇跡を使用する。
解毒の効果もあるが、清潔の魔法と同じ効果があるのでこれで問題ない。
それを確認した医師はそれ以上何も言わなかった。
ティアニス王女が横たわっている男性に近づく。
ある程度近づいたところで、とっさに両手を口の辺りに持っていった。
「お父様……」
思わずそう呟く。
その気持ちは、男性の姿を見て理解した。
左半身に大きな傷がいくつもあり、片目にもダメージを受けている。
よく即死しなかったものだ。
体格が良いのでそれが功を奏したのかもしれない。
更に奥のベッドには顔に白い布をかぶせられた青年が横たわっていた。
王子はダメだったようだ。
王の呼吸は弱々しいがまだある。
だが呼吸の度に苦しむ様子がもう長くないことを感じさせた。
「あらゆる手は尽くしました。後は陛下の体力が持つことを祈るばかりです」
「……ご苦労さま」
絶句しているティアニス王女の代わりにアナティア嬢がそう言った。
司祭が癒しの奇跡を陛下に向けて使っているのだが、あまり効果があるようには見えない。
「エルザ、どうだ?」
エルザに尋ねると、首を横に振った。
「カノンさんの時は出血は多かったですけど、臓器は無事でした。だから傷を塞げば治せたんですが……。ここまでとなるともう癒しの奇跡を使っても苦痛を和らげるくらいしか」
「そうか」
癒しの奇跡も万能ではないらしい。
四肢を失っても適切な治療を受ければ死ぬことはないが、生死に関わる部位がダメになると難しいようだ。
「せめて傷を負ったその場にいればなんとかなったんですが」
「その時はティアニス王女の所に行ってたからな」
助けに行ったティアニス王女は無傷で、治療が必要だった国王は致命傷を負った。
こればかりは運命としか言いようがない。
「苦痛はマシになるの?」
「はい。どうやらあの方より私の方が位階は高いようなので」
「なら手を貸して頂戴。国に尽くしたお父様が苦痛のまま死ぬなんて許さないわ」
「やってくれ」
エルザに指示し、癒しの奇跡を使ってもらう。
医師と司祭は止めようとしたが、ティアニス王女に制止されると椅子に座り込んだ。
彼らも疲れ切っており、もう出来ることがないのだろう。
実は初めて他の司祭とエルザの癒しの奇跡の違いを見たのだが、確かに輝きが強い気がする。
明らかに効果が高い。
国王の苦しむような呼吸が和らいでいくのが分かる。
しかしそれでも傷の治りは悪く、延命するのが限界なのは素人目にも明らかだ。
「……ティアニスか? そこにいるのか」
「お父様! 私はここに居るわ」
癒しの奇跡が効いたのか昏睡状態だった国王が目を覚ます。
虫の息ではあったが、意識はある。
ティアニス王女は縋りつくように国王の手を握り、必死に声を掛ける。
だが目の焦点が合っておらず、おそらく目はほぼ見えてない。
「陛下……」
「アナティアも無事か」
喋るのも辛いだろうに、しかし国王は口を開く。
それが最後の役目であるかのように。
「ティアニス。王家の役目はなにか覚えているか?」
「も、もちろんです。国を導いて民の安寧を生み出すこと。民あっての国。民あっての王だと」
「そうだ。民を守れ。王族の一人としてそれを忘れるな」
「分かりました」
ティアニス王女が頷き、手を強く握りしめる。
王の呼吸は次第に弱くなっていった。
「アナティアよ。バロバ公爵に伝えてくれぬか」
「はい、陛下」
「酒を酌み交わす約束を守れずにすまないと。それから、儂にしたのと同じく我が子に力を貸してくれと」
「必ず父に伝えます」
アナティア嬢が返事をしたとき、王は息を引き取っていた。
ティアニス王女の悲鳴のような鳴き声が響きわたり、外に居た騎士はその様子を見るやいなや伝令のために駆け出していく。
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