第486話 治せない欠点は誰にでもある
二人の姫君に黙って付いて行く。
奥に進むほど兵士や役人が増えていった。
「宰相閣下の指示にて大広間を臨時の指揮所にしております」
「ちゃんと緊急マニュアルは機能してるみたいね」
大広間は扉が解放され、誰でも入れるようになっていた。
先導していたお付きのメイドがアナティア嬢の後ろへと移動する。
初めて王城の大広間に足を踏み入れたが、その感想は雑多の一言だった。
このような時でなければさぞかし荘厳な雰囲気であっただろうが、今はいくつも机が運び込まれ情報を記した紙が散乱し伝令が走り回っている。
それだけ緊急事態だということだ。
アーサルムで地震があった時もきっと公爵家の内情はこんな感じだったのだろう。
その中でも特に目立つグループが二つあった。
片方は壮年で細身の男性を中心としたグループで、もう片方はヨハネより年上のガタイの良い男性を中心としたグループだ。
そして明らかに険悪な雰囲気が感じられた。
「あれがクリスプス軍務卿とドリカル宰相よ。顔を合わせるといつもああなの」
「この国の実務を支えている人たちですか」
「ええ。あれさえなければ本当に優秀なんだけど」
アナティア嬢がそっと近づき耳打ちして教えてくれた。
将軍は目にする機会があるが、宰相や軍務卿ともなると王城に出入りするものでなければ顔を拝むのも難しい。
それを察してくれたのだろう。
「いたずらに兵を動かすべきではありません。そも何が起きたのかも分からない」
「被害が出ているのは事実だ。即座に軍を動かして事態の把握に努めるべきだろう」
「そうして分散した瞬間を狙われたらどうするのです」
近づくと話している内容が聞こえてきた。
なにか討論しているらしい。
「あの様子でどちらも譲らず、結果的に異なる指示が降りて現場が混乱しています」
「分かったわ。後は私たちに任せて」
二人の姫君は来た時と同じ足取りで、喧騒の繰り広げられる場所に怖気づくことなく近づく。
すると宰相の周囲にいる部下がこっちに気付いた。
そして宰相に伝えると、すぐに全員で頭を下げる。
「ティアニス王女殿下、アナティア殿。ご無事でしたか」
「ふふ。親切な方に助けて頂いたので」
「ええ。なんとか。カノンが庇ってくれたわ」
「……あのじゃじゃ馬も忠誠心だけは見上げたものですな」
「そんな風に言わないで。私に本当の忠誠を示してくれるのはあの子だけよ」
「そのようなことは」
宰相はティアニス王女のやや責めるような眼をかわす。
続いて軍務卿がこっちに近づいてきて、右膝を地面に付けて礼をする。
宰相はさっと距離をとった。
よほど相性が悪いのか。
「陛下や皇太子殿下を守れず不甲斐なく思っております」
「クリスプス。お父様たちは重傷と聞いたのだけど」
「……優秀な司祭と医師が今なんとか治療を試みております。私は陛下たちが必ず助かると信じております」
「そうだといいのだけれど」
「高名な司祭は太陽神禁教令が出た際に殆ど去ってしまった。そしてこの騒ぎだ」
「あれは間違った判断ではない。そもそもこの仕業は太陽神教によるものだとバロバ公爵から連絡が来ている」
「事実確認が済んでいないだろう」
空気が重くなる。
軍務卿の口ぶりから、恐らく生きているだけで奇跡だったのだろうと思う。
だがエルザの癒しの奇跡の効果を考えると、生きていればどうにかなる気がする。
死ぬ一歩手前だったカノンですら助かったのだし。
「エルザなら治せるんじゃないのか?」
「どうでしょう? 癒しの奇跡は決して万能ではありませんし……」
小声でエルザと話す。
「それに司祭が使う癒しの奇跡って人によって回復量が違うんですよ。私は結構治せる方なんですが」
「それなら」
「私が治療するのは難しいと思います。身元のはっきりしない者に生死のかかった治療を任せないでしょう」
「確かに」
エルザの立場は創世王教の司祭、そして奴隷だ。
治療できるから任せてくれと言っても、今の状態ではさせてもらえないに違いない。
「とにかく」
アナティア嬢の声が響く。
力強く、それでいて澄んだ声だった。
「私はただの公爵の娘ではなく、デイアンクル王国の公爵であるバロバ・デイアンクルの代理としてここに来ております。そうなるとこの中で最も爵位が高いのは私です」
「……むぅ。それはそうだが」
「子供の出る幕ではない」
軍務卿と宰相はアナティア嬢を見ながら渋い顔をする。
バロバ公爵本人ならともかく、その娘に上から言われるのは承諾しかねるという顔だ。
「その結果がこの体たらくですか!」
そして、アナティア嬢が叫んだ。
「被害を受けているのは王都の民も同じ。どちらの意見を採用するにしても即決すれば対応できたはずです。王家が途絶えたわけでもないのに、派閥争いなどしている場合ではないでしょう」
アナティア嬢の言葉に、二人は即座に反論しようとした。
だが飲み込む。
口ではいくらでも言えるが、事実だけに言えば言うほど自分の首を絞めると思ったのだろう。
「お二人の仲の悪さは存じておりますが、今は力を合わせる時です。ですよね、ティアニス王女殿下」
「え、あ、うん。そうね」
突然話を振られたティアニス王女は咄嗟に反応する。
アナティア嬢の剣幕に驚いていたようだ。
アナティア嬢の活動とティアニス王女が姿を現したことが効いたのか、それからは指示が統一されすぐに有効的な対策が進められていった。
仲の悪いもの同士でも仲介役が居れば物事はまとまるものだ。
「二人とも立派な人物なのに。確執だけはどうしてもなくならないのね」
「こればっかりは立場とお金の格差がある限りは無くなりませんよ」
「ヨハネさんみたいな人ばかりだといいのに」
アナティア嬢の言葉に笑って答える。
それほど立派な人物ではないのだが、褒められる分はいいか。
緊急の対策が必要な案件は終わり、議題は誰がなんのためにこれをやったかという話に移っていった。
「魔法だということは耐魔のオーブや結界の反応で確認している。信じがたいことだ。我が軍の魔導士でこんな真似は可能なのか?」
「飛距離、威力、数。どれをとっても難しいかと……。筆頭の私でも入念な準備と時間。莫大な魔石の消費をして一つや二つが限界でしょう」
「そうか。だとすれば同じことはそうできんだろう」
「バロバ公爵からは太陽神教の仕業と連絡が来ているのだろう? 奴らは王国との聖戦すら口にしたというではないか」
「裏付けはとれてないと言ったのは宰相、あなただろうに」
バロバ公爵はどうやったのか連絡をとっていたようだ。
だが内容が内容だけにすぐに信じられないのも無理はない。
最終的にバロバ公爵へ援軍を送ることを決めた。
「話は終わったわね。容体を見に行きたいのだけど」
「案内します」
兵士の一人が先導する。
その間にティアニス王女がこっちを見ながら手招きした。
どうやら付いてこいということらしい。
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