第484話 デイアンクル王家
ティアニス王女は周囲の喧騒をよそに気持ちよさそうに眠っていた。
人の気も知らないでと思わなくもないが、今はこの方が都合がいい。
目を覚ましてパニックになられては困る。
事情を説明するにも廃墟になったここではなく、もっと落ち着ける場所がいい。
「アナティアさん、ここは危険です。今はとにかく移動しましょう」
「そうですね……。他の使用人たちは大丈夫でしたか?」
「ここに来るまでに見かけた人たちは外に運び出しました。この奥に誰も居ないなら問題ないでしょう」
「良かった。ティアニスは寝る時はカノン以外は人払いをするから、誰も居ないはず」
アレクシアがティアニス王女を背負う。
布と棒切れで即席の担架を用意し、重傷のカノンを乗せてエルザとアズの二人に任せた。
癒しの奇跡で出血は止まっているが、下手に衝撃を与えると傷が開きかねない。
「これを噛んで飲み込んでください。よく効きますよ」
カノンに飲み込ませたエピメディウムの葉っぱをアナティア嬢にも渡す。
怪我はないとはいえ、こんなことがあったのだから精神的なショックは大きいはずだ。
「変な味がします」
顔をしかめつつも、言った通りすぐに噛んで飲み込む。
……随分と信頼されているのだなと感じた。
水筒を渡すと、喉が渇いていたのか数秒ほど口をつける。
その間にフィンがこっちに来て耳打ちしてくる。
「端は通らないで。ヒビが入ってて脆くなってる」
「分かった。アナティアさん、我々が通った道を付いてきてください」
頷くのを確認し、移動を開始する。
堅牢だったであろう別館は見る影もない。
フィンの言う通り、廊下にまでヒビや割れ目が見えた。
すぐに崩れたりはしないだろうが、長居は無用だ。
「なんてことなの……」
別館の被害状況を見たアナティア嬢の動揺した声が聞こえた。
無理もない。
下手すれば全滅していてもおかしくなかったほどの被害だ。
耐魔のオーブがあの恐ろしい魔法を大きく減衰させたのだろう。
もしも耐魔のオーブを持っていなかったら。
あるいはアナティア嬢が本来の自分の部屋で寝ていたとしたら、ティアニス王女の命はなかった。
なんとも悪運の強い王女様である。
入り口に到着し、もはや扉の用途をなさない玄関の扉を押し退けて脱出した。
すると先ほどまでいた場所の一部が崩落するのが外から見える。
迷っている時間は本当になかったな。
「お嬢様!」
何人かのメイドがこっちに向かって走ってくる。
あれはアナティア嬢のお付きの人たちだ。
すぐに戦えるように戦闘用の装備を身に着けている。
恐らくその所為で初動が遅れたのだろう。
ティアニス王女の我儘で遠ざけられていたので、そもそもどうしようもなかったか。
「よくぞご無事で。ああ生きた心地がしませんでした。もしお嬢様になにかあれば旦那様になんと言えばいいか」
「ありがとう。またヨハネさんたちに助けてもらったわ」
アナティア嬢の無事を確認したメイドたちは、お付きの一人を除いてすぐに外に運び出された人たちを王城の医務室へと運び始めた。
運ぶには人手が必要だったので助かった。
それから王城の中でのことを説明してもらった。
まず、大量に降り注いできた隕石を夜警の兵士が発見する。
異常事態だということはすぐに共有されたが、隕石の速度が早すぎて結界の強化が間に合わなかった。
あれがなんなのかは不明のまま結界に衝突し、一部は結界を突破してしまう。
王城は別館以外にも被害は出ている様だ。
「……陛下と王太子殿下が現在意識不明の重体です。第一王女殿下も大怪我を。そのため外に出れずお嬢様のところへ向かうのが遅くなってしまいました。申し訳ございません」
「そんな、嘘でしょう!?」
思ったよりも事態は深刻だった。
隕石の殆どは結界が止めたのだが、小さな隕石が寝室近くに直撃してしまったとのことだ。
それであれだけの騒ぎにもかかわらず城周辺に誰も居なかったのか。
第二王女に構う余裕もなかったのだろう。
結果的に第二王女は幸運とカノンの献身により無傷でここに居る。
「陛下たちは耐魔のオーブは身に着けてなかったのか?」
「いえ、身に着けておられたはずです。ですが魔法によって生じた影響までは防げませんので」
衝撃波や崩れた瓦礫の下敷きになったか。
庇ったカノンが瀕死になっていたところを見ると、そうなってもおかしくない。
「お嬢様とティアニス王女殿下の無事が分かれば皆少しは安堵するでしょう。……その前に着替えが必要ですね」
お付きのメイドはアナティア嬢を案内しようとしたが、埃だらけで外套でほぼ裸なのを隠していることに気付いた。
すぐに別のメイドに着替えを用意させ、魔法で埃や汚れを奇麗にする。
着替え終わったアナティア嬢はいつもの麗しい姫君になった。
「ヨハネ殿。お二人を救助してお疲れのところ申し訳ありませんが、あなた方も付いて来ていただきます。このままお返しできません」
「まあ、そうなるだろうな」
後は任せてここで失礼しますとは、とても言えない雰囲気を感じた。
平民であるこっちにとっては王家のことは王家でと言いたいのだが……。
メイド部隊が再び集合し、こんどはこっちの衣類を準備してきた。
「手を挙げて下さい。すぐに済みますので失礼します」
両手を挙げると、手慣れた手つきであっという間に着替えさせられた。
アズたちも同じだ。
王城にふさわしい服装を、ということだろう。
悠長な、とも思ったがアナティア嬢の深刻そうな顔を見てこれはある種のショーなのだと思い至った。
アナティア嬢はデイアンクル王家の血を引いている。
継承権そのものは持っていないのだが、今の王家が倒れれば話は別だ。
そしてその王家のうち、ティアニス王女以外は命の危機にある。
もしものことがあればティアニス王女の戴冠となるだろう。
だが年齢や実績を加味した時、周りは納得するだろうか?
公爵として王家から分かれたバロバ公爵を王にという声が上がるのは間違いない。
だがその本人は太陽神教との戦争を控え、都市アーサルムから動けない状態だ。
そしてアナティア嬢がバロバ公爵の王都における代行である。
だからこそ、姿を見せた時の印象を高めるためにこうして準備しているのだ。
貴族の政治とは本当に面倒だなと思った。
だがないがしろには出来ないと以前牢屋にぶち込まれて学んでいる。
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