第483話 献身

「うっ……」


 アナティア嬢がふらつき倒れそうになる。

 慌てて抱き抱えた。


「アナティアさん!」


 怪我は見当たらないが顔色は悪い。

 この別館に居たのだろうか。よく無事だったと感心する。

 耐魔のオーブの力で守られたのだろう。


「エルザ。介抱を頼む」

「分かりました」


 司祭であるエルザに預けて治療してもらう。

 癒しの奇跡を浴びると幾分か顔色も良くなった。


「ありがとう。少し楽になったわ」

「一時的な心原性ショックだと思います。外傷はありませんし、大事には至らないかと」

「寝てたら突然部屋が吹き飛んで驚いたわ。目の前になにかが迫ってたんだけど、これのお陰でなんとかなったみたい。お父様が持たせてくれた時は心配のし過ぎだと思ったんだけど」

「お譲りした耐魔のオーブがさっそく役に立って嬉しいですよ」


 ここぞとばかりに恩を売る。

 しかし退魔のオーブで防げたということはあれは本当に魔法だったんだな。

 正直未だに信じられない。自然災害だと言われた方がまだ納得できる。


 だって、人為的なものだというのならその恐怖に怯えなくてはいけなくなるから。


 アナティア嬢はこっちの言葉に頷くと、エルザの手を借りて再び立ち上がった。

 いくらなんでもボロボロのネグリジェのまま居させるわけにはいかない。

 外套を脱いで渡すと、今更自分の姿に気付いたのか真っ赤になっていそいそと身に着けた。


「それで何があったんですか? ここに隕石が落ちてきたのを見て急いで駆け付けたんですが」

「私もハッキリとは分からないわ。ティアニスが泊まっていって欲しいというから、侍女も戻ってしまって。あっ」


 道理で常に近辺に控えているメイドたちが居ないと思った。

 彼女たちがいればこんなアナティア嬢を放置していないだろう。


 アナティア嬢は視線を瓦礫の部屋へと向ける。


「あの子の部屋が!」


 そして悲鳴のように叫ぶ。

 どうやらこの部屋はティアニス王女の部屋のようだ。


「ヨハネさん、お願い。あの子を……」


 すがるような眼で見つめられた。その言葉に頷く。そのつもりでここまで来たのだ。

 だがとても生存しているとは思えない。

 それでも確認はしておくべきだろう。


 エルザとフィンにアナティア嬢を任せ、他の面々と共に部屋に足を踏み入れる。

 立派な部屋だったのが見るも無残に崩壊している。

 家具は壊れ、絨毯は燃えてしまい、頑丈なはずの石壁が無くなってしまった。


 中央部分の天井が崩れてきたのだろう。瓦礫が山積みになっており、いるとしたらこの中に違いない。


「瓦礫をどかそう。手伝ってくれ」


 指示に皆頷き、瓦礫に手を伸ばそうとした瞬間。

 瓦礫の中から足が飛び出してきた。

 すぐに引っ込むと、蹴とばして出来た隙間から今度は手が伸びてくる。


 這い出ようとしているのが分かった。

 しかし隙間が小さすぎる。

 慌てて周囲の瓦礫をよけて隙間を広げる。

 すると腕を掴まれた。


「ひっ」


 あまりの恐怖に悲鳴を上げた。なんせ血塗れなのだ。だがこれが助けを求める手なら振り払うわけにもいかない。

 つばを飲み込み、掴まれた手を引っ張る。

 アズとアレクシアもそれに加わると一気に力が強くなって肩まで見えてきた。


 どうやら、もう片方の手でなにかを抱え込んでいる様だ。


「しっかりしろ。すぐに出してやるからな!」


 声を掛けて相手を励ます。

 聞こえたのか強い力で握り返してきた。


 オルレアンが近くにある棒切れを持ってくると、隙間に差し込んで体重を乗せて下ろす。

 隙間が一時的に広がり、その瞬間に一気に引っ張り出せた。


 それはティアニス王女の側近であるカノン女史だ。

 全身血塗れで大怪我をしているものの、息はある。

 よくこの状態であれだけの力があったものだと感心した。

 ……瓦礫の怪我だけではなく、みたところ凍傷もひどい。

 隕石の熱に対抗しようと強引に魔法を使ったのでなければ、こうはならないはず。


 彼女が大事に抱え込んでいたのはティアニス王女だ。

 瓦礫から出た瞬間にカノンの力が抜けてその姿が見えた。


 ティアニス王女は気を失っているものの、怪我一つない。

 カノンが身を挺して守ったに違いなく、正直嫌いな人物ではあったがその心意気に感心した。


 いくら仕えているとはいっても、文字通り命を掛けて助けようとするのは誰にでも出来ることではない。


「姫様を……」

「ティアニス王女殿下は大丈夫だ。安心しろ。すぐにあんたも治療するからな」

「私はいい……。それよりも姫様を先に」


 そこまで言って気絶してしまった。

 どうやらティアニス王女を助ける一心で今まで意識を保っていたらしい。

 いくらなんでもこの怪我と凍傷では長くはない。


「エルザ! こっちに重傷が一人居る。また治療を頼む」

「はいはーい。私の出番ですねー。うわ、ひど。よくこれで生きてましたね」


 カノンの身体には瓦礫の破片がいくつも刺さっており、出血がひどい。

 エルザはすぐに治療を開始した。

 癒しの奇跡で一命はすぐにとりとめたが、破片の摘出などもある。

 オルレアンやアズに手伝ってもらいながら慎重に、だが的確に進めていく。

 治療に必要な物は道具袋にわずかだがあった。


 冒険の帰りで殆ど使い果たしてしまったのだが、包帯はまだ残っていた。

 それからアルコールもだ。


「出血がひどいですねー。このままだと……これ噛めますか?」


 エルザは懐から葉っぱを取り出すとカノンの口に強引にねじ込んだ。

 反射的に吐き出そうとするが、エルザは容赦なく押し込む。

 もそもそと口が動く。どうやら噛む力はあった様だ。


「それはなんだ?」

「エピメディウムの葉っぱですよ。強壮剤に使うようなとびきりキツイやつですけど、よく効きます」

「酷い顔をしてるが……」

「良薬口に苦し、なので。でも大丈夫。これを飲み込めるなら助かりますから」

「ならいいんだが」


 正直目の敵にされてあまり好きな相手ではなかったが、目の前で死なれたら夢見が悪いからな。


「ティアニス王女の方は?」

「驚いたことにただ眠っているだけです。少しすれば目を覚ますかと」

「肝が太いというかなんというか」


 ホッとした。


 アナティア嬢も回復してきたのかこっちに駆け寄ってくる。

 カノンの状態にまた青ざめたが、エルザの治療で命に別条がないことが分かると安心したようだ。


 それからそっとティアニス王女の手を握る。


 どうなることかと思ったが、なんとかなって良かった。

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