第479話 遊び心
「大陸の発展に合わせて急速に太陽神教が広まっていくのを見て、復活はそれほど遠くないとは思ったけど……。いざその時が近いとなると嫌なものね」
「残念ながら君たちが負けた時点で決まっていたことだよ。僕は早々にやられちゃったし」
エルザは少し息を吐いた。
とても疲れている。塔を登ってきたことによる疲労だけではない。
ネクタルでも癒しきれない長い年月により蓄積されたものだ。
久しぶりに感じた気がする。
あの家での生活はとても楽しく、穏やかなものだったからだろうか。
利用しているという後ろめたさもあるかもしれない。
「キヨと灰王があの手この手で妨害してるから、今すぐというわけではないけど」
「そう。あの二人らしいかな。もともと人間だった灰王がルインドヘイムの城ごとこの世界に留まっているのには本当に驚いた。キヨもユースティティアと共に眠りに就いていたみたいだし、私よりよほど抗っているわ」
「死ぬことよりも楔になることを選んだのは彼らしい。きっと彼の中ではあの時の戦いがまだ終わってないんだ」
オスカーは椅子から立ち上がると、懐に手を入れる。
「塔の主として、試練を成し遂げた勇者に贈り物をしないとね。本当は僕が力を貸せればいいんだろうけど」
懐から取り出したのは印章だった。
月の形をしており、青紫の丸い宝石が埋め込まれている。
「僕の神としての力が封じ込めてある。一度だけの使い切りだけど、うまく使って欲しい」
「ありがとう」
オスカーの手から印章を受け取る。
失われて久しい神の力を感じた。
オスカーの姿は以前見た時と変わらない。
この世で最も美しき者と呼ばれたままだ。
「君の仲間たちは奥で休んで貰ってるよ。エントが治療したから後遺症も残らない」
「良かった」
本心だ。
もしなにかあれば残った力を使ってでも治療するつもりでいた。
「この塔はしばらくしたら自然に消える。僕は少しだけ意趣返しに細工を残すつもりだ。そうだ、宝箱の中身は好きにしていいよ」
オスカーはそう言うと、エルザに向かって自らの胸に手を当て小さくお辞儀をする。
「さよなら、友よ」
「ええ。また会いましょう、オスカー」
オスカーは微笑むと姿が消える。
主の居なくなった白い椅子も追うように無くなってしまった。
椅子から立ち上がり、奥を見る。
扉があるので、恐らくそれだろう。
そこまで歩き、扉に手を掛けたところで振り返る。
主の居ない星空の世界はただ寂しく感じた。
扉を開けると、小さな部屋に出る。
家具などもなく、大きめのベッドと部屋に似つかわしくない豪華な宝箱が置かれていた。
それからエントに連れて行かれた他の皆が休んでいたのが見える。
「エルザさん!」
アズが真っ先に近寄ってきて、抱きしめてくれた。
「大丈夫でしたか? エルザさんと二人になったところまでは覚えてるんですけど、途中からぼんやりとしてて心配してたんです」
「アズちゃん……うん。私は大丈夫。あれからアズちゃんが頑張って倒したんだよ。私はそれから少しだけ神様と会って話しただけだから」
「全く覚えてないです。いつの間にか私の中に火の精霊が居るみたいだし」
「体調は大丈夫? 痛い所は無い?」
「えっと、はい。沢山寝たらよくなりました。ただ使徒の力を使うとまたものすごく疲れるようになっちゃって」
アズの頭を撫でると静かに受け取れてくれる。
……罪悪感はある。きっと、本当のことを知ったらもうこんな顔を向けてはくれないだろう。
「まぁ、エルザは殺しても死にそうにないからそれほど心配はしてませんでしたけど」
「アレクシアちゃんひどいね。少しは心配して欲しいな」
口ではそう言いつつも、心配してくれたのは顔を見れば分かる。
「神様、ねぇ。本当に居るんだな」
「ご主人様……私だけごめんなさい」
「いいさ。元々俺はついてきただけだ。まあ話のネタくらいにはなりそうだが」
ヨハネに頭を下げる。
だいぶ無茶させてしまった。エントの毒はとても辛かったはず。
だが本人はあっけらかんとしており、気にしている様子もなかった。
「エルザも戻ってきたし、さっさと帰りましょうよ。疲れたし。大抵の毒は克服したと思ってたんだけどな」
「そうだな。……この箱はエルザが来たら開けろと言われててな。これを確認したら戻ろう」
ヨハネが宝箱の前に座り、重い蓋をゆっくり開ける。
中には金や白銀のインゴットが詰め込まれており、中でも目を引いたのが一番上にある杖だった。
「うわっ」
そう呟いたのはアレクシアだ。
禍々しい骸骨がとりつけられた杖が鎮座していた。
これはエントが使用していた物と同じ杖だろう。
気のせいか毒々しいオーラが見える気がする。
手に持ってみると凄まじい力を感じたが、同時に呪われる感覚もあった。
それだけではない。魔力が吸い上げられていく。
「なぁアレクシア。この杖使ってみるか?」
「絶対イヤ。死んでも使いたくないわ。呪われそう。いやそれより先に干からびるわよ」
「だよなぁ。まあ触らなければ大丈夫みたいだし、物はいいんだから物好きに売れるか。公爵様も欲しがらないだろう」
摘むように持ち上げて、道具袋に突っ込む。
それから宝箱の中身も回収した。
「旦那様、目録です」
「えっ!? いつの間に用意してたんだ」
「私はあまり症状が重くなかったので、エルザ様をお待ちする間に作っておきました」
「助かる。帰ったら公爵様宛に用意しなきゃと思ってたんだ」
「そうなるだろうと思ったので……良かったです」
いつも通りだった。
本当に、皆変わらない。
太陽神が目覚めればこんな幸福の日々も終わりを迎えるだろう。
あの神は人間を惑わし、最後には己への供物にしてしまう。
太陽神教を隠れ蓑にしてきたことだ。
決してそうはさせない。私の残されたすべてを使ってでも。
「エルザ様。どうなされましたか?」
「ううん、なんでもないの」
オルレアン。精霊に好かれるだけあって聡い子だ。
心配させないように笑顔で返す。
宝箱を回収し、出口と書かれた場所に出る。
……外は雲の上の絶景が広がっていた。
相当な高さだ。風も物凄く強い。
「これが帰り道か。オスカーって神様はずいぶんと悪戯好きなんだな」
「確かにそうかもしれません」
そういえばオスカーにはそういう所があった。
長い滑り台が下に続いている。
摩擦対策かご丁寧にローラー形式で造られていた。
「ちょっと怖いな……別の方法でどうにか降りれないだろうか」
「ええい、さっさと行け」
「お、おい。押すやつがあるか」
怯んだヨハネにしびれを切らしたフィンが足で押す。
ヨハネはそのまま滑り台へと突っ込み、あっという間に見えなくなった。
それを追いかけて皆降りていく。
塔の入口へと戻ってきたが、風で髪が乱れていたので綺麗にする。
最後にオルレアンが降りると、役目を終えたからか塔が消えてしまった。
ヨハネたちから遠く離れたところに、消える塔を眺める者が三人。
灰王とキヨ、そしてエントがいた。
「間に合わなんだか」
「元より儂らはお呼びではなかったということだろうのぅ」
「来たら来たで歓迎してあげたけどね」
「バラの魔女の歓迎などかなわんわ。そんな暇があれば太陽神に従う奴らを斬った方が有益というもの」
「あら、つれないわね。私も役目がなくなっちゃったし、アンタたちについて行こうかな」
キヨは骨の両手を広げてやれやれと呟いた。
「好きにせい。我々の目的は一致している。かつての同盟はまだ有効だ」
「相まみえる日は遠くないだろう。待った甲斐があった。我らが女神に、今度こそ勝利を」
「さっき会ったけどね」
灰王の言葉に対してエントは聞こえないように小さく呟いた。
かつての美丈夫だった面影は灰王には残っていない。
だが、その強さは陰るどころか魔性へと変化し凄まじく強化されている。
しかしその代償は大きかったようだ。
恐らく灰王は創世王を認識できなくなっている。
太陽神へ一矢報いるという執念が彼をこの世に留めているのだ。
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