第471話 自分の身は自分で

 エントが生み出した巨大なバラたちは、全員を分断するかのように移動して連携を遮る。


「戦闘に参加しないからって容赦はしてくれないみたいだな」


 それはヨハネたちに対しても例外ではなかった。

 ヨハネの二倍の高さはあろうかという大きな青いバラが蔓を触手のように蠢かせながら近寄ってくる。

 蔓はトゲだらけで、もしあの蔓を叩きつけられたら大怪我しそうだ。


「オルレアン。口をこれで塞げ」

「はい」


 聖水に浸したハンカチをオルレアンに渡し、二人で口と鼻に当てる。

 バラからは目に見えるほど大量の花粉がばら撒かれており、なるべく吸わないように対策した。

 目の前のバラは普通のバラではない。

 花粉を吸うとなにが起きるか分からないので、アズたちの足を引っ張らないように用心のためにもそうした。


 ヨハネはいくつかある鞄のうち、一つを選んで右肩に背負う。

 この鞄にはちょっとした小道具や魔道具が詰め込んである。


 もしかしたらアズたちの補佐をなにか出来るかもと選り分けてあった。


「見た目はともかく、バラなら植物なんだから火は効きそうだな」

「そうだといいのですが」


 鞄に手を伸ばし、小さな魔石を取り出す。

 魔法が込められてある使い捨ての物だ。


 試しに一つを青いバラに投げる。

 投げた魔石には爆発の魔法が込められており、蔓の一つに当たった瞬間魔法が発動した。


 破裂するような音と共に爆風がこっちまで届く。

 少し遅れてドロッとした液体が飛び散る。

 口に入らないように咄嗟にハンカチを持つ腕を上げて顔を守った。


 液体に触れた服は煙を出して溶け始めた。煙の臭いは薬品臭い。

 急いで液体のかかった上着を脱ぎ捨てる。頑丈な革で出来ていた兵士の服が溶けていく様は恐ろしかった。

 思わずつばを飲み込む。


 ただ、これはなんとか二人で対処しなければならない。

 アズたちも戦っているのだ。


「バラから出る液体に触れるな! 酸で溶けるぞ!」


 注意喚起のためになるべく大きな声で叫ぶ。

 伝わっているといいのだが。


 肝心の魔石の効果は、蔓を一本吹き飛ばしただけだった。

 しかもすぐに新しい蔓が生え変わっている。


「下手に吹き飛ばすとこうなるのか。あまり爆発の魔石は使えないな」

「でも足止めにはなってますよ」

「そうみたいだ」


 オルレアンの言う通り、蔓が再生している間はバラの動きが止まった。

 飛び散る汁に気をつければなんとかなるかもしれない。


「この子に力を貸してもらいましょう。足止めをお願いできますか?」

「やってみよう」


 オルレアンが手をかざすと火の精霊が姿を現す。

 火の精霊の巫女であるオルレアンの近くに常に滞在しているようで、制御はできないが力を貸してもらうことは可能らしい。


 再生が終わった青いバラがにじり寄ってくる。

 動きは遅いのだが、サイズが大きいので何もしなければあまり猶予はない。


 鞄から新たな魔石を取り出す。

 オルレアンは集中していて動けないので、液体が飛び散らないようになるべくバラを傷を付けずに足止めする必要がある。


 取り出したのは土の魔法が込められたものだ。

 根元に向かって投げて当てる。

 暇な時に石で練習した甲斐があった。


 魔法が発動し、いくつかの石の柱が発動してバラを貫いて動きを止める。

 だがバラの力が強いのか強引に動こうとしてひびが入っていく。


 それでも足止めには十分だった。


「あれを燃やして」


 オルレアンの指示で火の精霊は狙いを定めると、周囲の魔力を火に変換して巨大な火の球を生み出す。

 アレクシアがよく使う火の魔法よりも巨大だ。


 火の球はゆっくりと火の精霊から離れ、バラへと向かう。

 バラはいくつかの蔓を火の球に叩きつけるが、当たった瞬間に焼き切れてしまった。

 相当な高温なのだろう。


 バラの魔物はそれを無理やり体を捻って回避しようとした。

 だがそれほど大きくは動けないようで、身体の半分ほどえぐっていく。


 これなら液体も蒸発して飛び散らないし効果も絶大なようだ。

 だが、植物だからか半分を失ってもまだ動く。

 火の球に触れた部分は炭化しており再生できないのが見えた。


 好機だと判断して畳み掛けるように鞄から魔石を取り出してはバラへとぶつける。

 バラは大きくダメージを受けて痙攣しながら蔓をこっちに伸ばして来た。

 それでも倒しきれそうだと思った瞬間、足元の石英が割れる。

 蔓を地面に潜らせてこっちに伸ばしてきたのだ。


「旦那様、危ない」


 オルレアンが体当たりで押してきて位置がずれる。

 蔓が動き、オルレアンの左足が捕まってしまった。

 トゲが刺さり、血が流れているのが見える。


「オルレアン!」


 庇ってくれたのだと分かり、すぐに手に持った魔石を投げようとしたが思いとどまる。

 この状態ではオルレアンにも当たると判断した。

 火の精霊は一度力を消費したからかすぐに動けない様だ。

 だがオルレアンが傷付いているのを見て明らかに怒っている。

 もしなにかあれば暴走するかもしれない。


 それに、助けてくれたオルレアンに何かあったらと思うとカッと頭に血が上るのを感じた。


 口と鼻を塞いでいたハンカチを捨てて、鞄から鉈と大きなタオルを取り出す。

 そしてオルレアンを掴んでいる蔓の根元へと振り下ろした。

 右手で鉈を持ち、液体がオルレアンへ飛び散らないように左手にタオルを巻きつけて遮る。


 蔓は固かったが何度も鉈を振るうちに深く食い込んでいった。

 液体が飛び散りタオルを溶かす。あまり時間をかけるとタオルが溶けきってしまう。

 少しだが顔にもかかり、火傷するような痛みがした。


 それでも鉈を振り下ろし、なんとか切断した。

 オルレアンの左足の拘束が弱まり、滑り落ちてくる。


 慌ててタオルと鉈を捨ててオルレアンをキャッチした。

 左足の白い肌には巻き付かれてできた痣とトゲによる傷で血が流れていたが、幸い深い傷は負っていない様だ。


 ホッと息を吐く。

 バラの魔物は力尽きたのか動かない。

 この程度で済んでよかった。


「旦那様、ありがとうございます。でもお顔に傷が……。私の為にそんな怪我を負わなくても」

「そう言うな。こんな時くらいは良い格好しないと」


 普段守られてばかりだから、準備くらいはしてきてよかったと本当に思った。

 そうしているうちにどうやらアズたちの方もバラを全て倒したようだ。


 包帯を取り出して、オルレアンの左足を聖水と毒消しで消毒し巻いていく。

 応急処置だが一先ずこれでよし。傷痕が残らないといいのだが。

 顔の火傷はオルレアンに手当てしてもらった。


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