第405話 決着
撃ちだされた火の魔法は夜の闇にその輝きを放ちながら一直線に進む。
そして姿を現した巨大な破城槌へと小さな火の玉が触れる。
その瞬間、火の玉が爆発した。
「これは……下がれ!」
魔法の威力をいち早く察知したらしき相手の魔導士が、付近の兵士に慌てて下がるように指示した。
兵士たちの離脱は成功した。というよりは爆ぜた衝撃で吹き飛ばされたという方が正しい。
魔法はそれだけでは終わらず、上へと衝撃を向ける。
まるで天に昇るような勢いで火が吹く。
特大のキャンプファイヤーみたいだなと場違いな感想を抱いた。
パラパラと落ちてくるのは破城槌だったものの破片か。
形も残らず粉々に砕けて、火で燃えてしまったようだ。
人の胴よりも太い木の幹で作られていたのだが、アレクシアの魔法にはとても耐えられなかったらしい。
無事に残っていた門の部分もついでに吹き飛ばしてしまったが、相手はそれどころではないようだ。
なんせ、頼りの破城槌は役目を果たしたと思ったら一発で消し飛ばされた。
そして先ほどまで見えていた火柱とは比べ物にならない巨大な火がごうごうと燃え盛っている。
熱気が伝わり肌が乾く。
「じょ、上級魔導士だ……こんなの勝てるわけがない」
運良く吹き飛ばされず、破城槌の比較的近くにいた兵士がそう言って背を向ける。
それが切っ掛けになり他の兵士たちも武器を捨てて一目散に逃げだした。
遮っていた門はもうない。こっちが少数だと相手には知れたはずだが、そんなことは関係ない。
上級魔導士が敵に一人居るという事実の方が重いようだ。
「逃げるな、貴様ら!」
相手の指揮官は逃げ出す兵士たちを慌てて止めようとするが、一度集団が動けばそう簡単には止まらない。
あっという間に門の付近から敵がいなくなってしまった。
怪我人も連れていったのでモラルはあるようだ。
「それで、もうあなた一人だけのようですけどどうなさいます?」
アレクシアは束ねた髪を右手でさらりと流し、戦斧を向ける。
魔法を撃たれると思ったのか、相手は身構えた。
「引きなさい。勝ち目がないのは分かったでしょう」
「……見逃してくれるのか?」
「ええ。任されたのは門を抜かれないことですし。壊されたのは仕方ありませんけれど、それ以上は必要ありませんわ。ねぇ」
アレクシアがこっちを向いて同意を求めたので頷く。
こっちは帝国軍の正規兵でもないのだ。
手柄を立てても、よくやったという言葉以上のものは望めないだろう。
将来の皇帝との口約束なんてどうせ後から反故にされる。
そもそも今回小麦を海路で届けたのは公爵へのアフターサービスの延長のようなものだ。
これ以上面倒を背負いたくもない。
「全部壊したのは……まあいい。分かった、退却する」
「ならこの人たちも連れて行ってくださいね」
アズが捕まえていた二人の兵士を引きずって連れていく。
少女が鎧を着た男二人を引きずってきたのに驚きつつ、苦労して連れて帰っていった。
これで周囲には人は居ない。
任された役目は完全に果たせたと言っていいだろう。
「ふぅ。皆ご苦労だった」
詰所から外に出て外の新鮮な空気を吸う。
しかし熱気で乾燥していた。
アレクシアが魔法を解除すると、反動で寒く感じる。
「皆お疲れ様ー」
エルザがそう言ってコップに水をそそぐ。
それを皆おいしそうに飲む。
「ま、楽勝ね。私がいるんだし。それに魔導士に前衛に司祭とくればあの程度」
「油断は禁物よ。最初から押しかけてきたら私たちはともかく二人は危なかったんだから」
「無事に終わってよかったです」
緊迫した雰囲気も和らぎ、口数も増える。
いつの間にか時間も過ぎていたようで、薄っすら太陽が昇ってくるのが見えた。
中央の方も音がしなくなっている。
決着が付いたのだろうか。
「アレクシア様、素晴らしい魔法でした」
「普段はああはならないわよ」
オルレアンの言葉にアレクシアが苦笑する。
「もっと時間と魔力を込めればともかく……。やっぱり貴女と精霊の補助は違うわね。火の魔法だけなら誰にも負ける気がしないわ」
「私には魔法が使えないので、いまいち分かりません」
「その方がいいと思うわ。多分、制御しきれないほど強くなりすぎる」
「そういうものなのでしょうか」
「ええ。だって貴女、見ただけで兵士の弓を燃やしたでしょう?」
「はい。この子が手伝ってくれると感じたので」
そういえばそんなことがあった。
あの時は動揺もあり深く考えなかったのだが、確かに普通ではない。
「精霊の巫女が重要視されるわけね。見られただけで燃えるなんてちょっと反則よ」
フィンがそう言う。
いくら早く動いても、人間の目から逃れることは不可能だ。
そういう意味ではフィンの天敵でもある。
「やはり普通ではないのでしょうか? 使ったのは初めてなのですが」
「なら、よほどのこと以外では止めておきなさい。魔女だと思われるわよ。そうなったらあんまり良い未来にはならないかな」
「分かりました」
アレクシアの言葉にオルレアンは深く頷く。
見られただけで燃やされるのは誰だっていやだ。
オルレアンがそのようなことをしないと分かっていても、できるというだけで問題となるのは目に見えている。
それならば秘密にしておいた方がいい。
オルレアンが火の精霊の巫女ということを知っているのは公爵を含め少数だ。
荘園でも伝承はほぼ消えかかっていた。
すぎた力、それも望まぬ力は不幸をもたらす。
「安心しろ。言いふらすやつはここにはいない」
「信頼しておりますので、心配しておりません」
オルレアンの返事は力強いものだった。
追加の兵士が来る様子もない。
朝になり、周囲が完全に明るくなってきた辺りでケルベスの使いがきた。
中央でも敵を上手く追い返したようだ。
少数でかなり苦戦はしたらしい。裏から攻められたら結果は違っただろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます