第350話 真冬に突入

 ケーキしか食べていなかったからか、普段よりも多く食べたのだがそれでもこの四人に比べると小食というしかない。


 三つほど食べた辺りで満腹感を感じ、熱いお茶で口の中の油を押し流してもう一つ。

 それでもう十分だった。


 フィンとアレクシアは構わず食べ続けている。

 山のように積まれていた肉が奇麗に姿を消した。


「買い出しから戻りましたー」

「あら、ご主人様起きたんですね。体調はどうですか?」

「すこぶる健康だ……凄い荷物だな」


 アズとエルザが戻ってきた。

 両手には食べ物がぎゅうぎゅうに積まれた袋が抱えられていた。


 その中に林檎が一つあったのでそれを貰おうとした。

 するとそれをフィンが早業で皮を剥いて、実を四つに切り分ける。


「果汁は多いけど蜜はないか。まあ合間に食べるにはこの方がいいかもね」


 切り分けた一つをそのまま食べて感想を言う。

 残りを受け取って断面を見ると、キレイな薄い黄色をしていた。

 確かに蜜はないが、新鮮で齧ると果汁が感じられる。


 他にはパンと屋台で売っている串焼きを買ってきたようだ。

 それをパンに挟み、串を抜くとあっという間に一品完成だ。

 アズはそれをこっちへと向ける。


「ご主人様も食べますか?」

「俺はもう食べれん。お前達が食べろ。残すなよ」

「勿論ですー」


 いうや否や、下品にならない程度にかぶりついた。

 レタスを挟んでいるのか、子気味良い音もする。


 食事はもう少しだけ続き、追加された分まで綺麗に片付いていた。

 よく食うなぁ。


「ねえ知ってる?」

「何をだ?」

「冒険者って装備の次に食費がかかるんだって」

「だろうな」


 元々仕上がっていたアレクシアはともかく、アズは最初はもっと小食だった。

 エルザも少なかったように思うが、あれはアズに合わせていたのかもしれない。

 今では大食漢も顔負けな食事量だ。

 冒険中は携帯できる食料に限りがあるので抑えているらしいが……。


「割とそれで赤字になって、続かないらしいのよね」

「それは世知辛いな」


 確かに相当な食費だ。

 だが、それはヨハネから見れば必要経費内で収まっている。

 仮に羊一頭を一食で食べ切っても、店の稼ぎからすれば些細なものだ。


 それにアズ達が一つ当たりを引けばお釣りがくる。


「ああ、なるほど。運よく稼げて余裕が出来る前に続けられなくなる連中が居るのか」

「そう。そう思うとあんたのやってることは意外と理にかなってるのかもね」

「そうだといいんだがな。今のところは順調だ」


 そうして一人で続けて大成するものもいれば、田舎に戻って畑を耕す者もいる。

 夢に破れて才能がある冒険者が道を閉ざす。

 よくある話だ。


 中級冒険者の稼ぎの平均がいくらよくても、そこに届くまでに金が続かない。


「とはいえ、やはり奴隷以外には難しいだろうな。いまうちには良い面子が集まったと思うがその辺の金に困った冒険者じゃこうはならなかっただろう」

「アハハ! 金を持ち逃げされて途方に暮れてるアンタが想像できるわ」

「奴隷だって、数を集めれば質が保てない。少数に絞ったから装備や道具も万全になったのだし」

「いい人に買って貰ったと思ってますよ。ねー」

「は、はい!」


 思えばよくここまで来れたものだ。

 アズはあやうく百足の魔物に食われそうになったし、エルザだって危険な目にあった。

 アレクシアは……うん? こいつ今まででピンチになったことあったっけ。

 そういえばドラゴンにすら怯えていなかった気がするぞ。


「なんですの?」


 ナプキンで口のソースを拭い、デザートに林檎を皮付きのまま齧っていたアレクシアが視線に気づいてこっちを見る。


「なぁ、アレクシア。お前今までで一番命の危険を感じたことはあるか」

「いきなり何の話なのよ……。もちろん王国に捕虜にされた時ですわね。味方も全滅して囲まれて、それを突破したら聖騎士達が立ち塞がってきましたわねぇ。武器が折れてそこまでですわ」


 暴れに暴れたらしい。

 武器が折れなかったらもしかしてどうにかなったのだろうか?

 いや、さすがにそれはない。


 聖騎士は王国の精鋭中の精鋭だ。

 それを複数相手にしてどうにかなるようなら捕虜にはしないだろう。


 結果的にいい買い物だったと思うしかない。

 今ではきちんということも聞いてくれているし。


「変な人ね」


 そう言うとアレクシアは残った林檎を食べ切った。

 食事を済ませた後は一休みし、カソッドへとポータルを利用して戻る。


 どうやら大雪が降ったらしく、一面が白い。

 道もわからないほどだ。


「これは凄いですわね」


 アレクシアはそう言うと、右手の人差し指を地面に向ける。

 すると見る見るうちに雪が解け、水になっていった。


「雪の下は凍ってて危ないからこれで大丈夫」

「便利だな」


 ぴちゃぴちゃと濡れそぼった地面を歩いて店に向かうと、屋根に雪が積もっていた。

 カイモルが必死に棒で雪を降ろしているが、焼け石に水だ。


「カイモル、ちょっと下がってろ」

「てん……、若旦那。戻ったんですね」

「おう。今から雪を全部どかすから、大きく下がれ」


 カイモルにそう言うと素直に後ろに下がった。


「アレクシア、さっきのやつを」

「だと思ったわ」


 アレクシアの指先が屋根へと向かう。

 まず最初に少しずつ溶けた雪が水となり、雨どいから少しずつ落ちてくる。

 その勢いが強くなったと思った瞬間、屋根に積もった雪が滑るようにして地面へと落ちる。

 溶ける寸前だったからか、鈍い音と共に少し水が跳ねた。


「これでよろしくて?」

「ああ、十分だ。カイモル、雪は道を塞がないように避けておいてくれ」

「いやぁ助かりました! 後はやっときます!」


 ホッとした様子のカイモルに任せ、裏から入る。

 居間に移動し、暖炉に火をつけて防寒具を脱ぐ。


 やはり家はホッとする。

 アズ達もそうなのだろうか?


「積雪が始まったし、何か起きるまでは休みだと思え。自堕落な生活は控えるように」

「真冬はお休みなんですね。ホッとしました」

「てっきり何か仕事しろというかと」

「そこまで鬼じゃないぞ……奴隷の炭鉱夫ですらこの時期は休むんだからな」


 真冬。特に雪が降りはじめると、凍り付くような寒さになり魔物も一部例外を除いて巣穴に引っ込む。

 交易網も南側以外は麻痺して誰も通らなくなる。

 経済活動は都市内で完結するようになり、都市によっては城門も閉じてしまう。

 公爵が太陽神教に時間を与えたのも、ろくに使者が送れぬ時期になるからだろう。


 うちの倉庫には店が止まらぬように冬を越せるだけの商品を詰め込んでいる。

 多少割高になったが、店を空けられないよりはマシだ。


 体が少し震えた。


 部屋の中で暖炉を燃やしていても底冷えする。

 長い冬になる……。

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