第348話 よろしくお願いしますね?

 ティアニス王女の顔色を窺うと、ニコニコと年頃の少女のように笑顔を見せている。

 ここでなければその可憐な笑みをいつまでも眺めていたいと思っただろう。

 国民からの人気も高い。


(食えない女だ。後ろにいる従者よりもよほど厄介だな)


 権謀うず巻く王城の派閥の頭だ。

 その中身は見た目通りであるまい。


 小さくため息をつく。

 元々断れる話ではない。あとは覚悟の問題だ。


「分かりました。大変ありがたいそのお話、受けさせていただきます」


 頭を下げ、そう告げる。


「まあまあ! それじゃあこの話は成立ね。話をした甲斐があったわ」

「素晴らしい采配です。ティアニス様」

「具体的なお話をさせていただきたいのですが」


 放っておくと話が進まない。

 カノンには悪いが、そういうのは二人でやってくれ。


「ええ、もちろん。貸し出す土地はこの範囲になるわ」


 ルーイド周辺の地形が描かれた地図が広げられる。

 その範囲にギョッとした。

 アーサルムでアレクシアに耕してもらった範囲のおよそ三倍近い。

 アバウトな地図でこれなのだから実物はもっと広いと思っていいだろう。


 さすがは王国の胃袋を支えているだけのことはある。

 とてもではないが個人がどうこうできる範囲ではない。


「広いですね。いや、広すぎる」

「まとめて接収しましたから。飛び地なんかは処理させてもらいましたが」

「そうですか」


 度肝を抜かれてしまい、気が抜けた返事になってしまった。


「管理そのものは心配なさらなくても大丈夫。これまで作業をしていた人達はそのままにしてあります。彼らに罪はありませんから」

「立派なお考えです」


 そんな相手にいきなり見ず知らずの、しかも外から来た人間が管理できると思っているのか?

 とは言えず。その辺はもうこっちでなんとかしろということか。


 人員を1から集めなくても済むと前向きに考えよう。

 場合によっては待遇をよくして懐柔することも視野に入れる。


「植える作物に関しては、小麦とサトウキビは必ず含めて下さい。これは王国の食糧事情に関わります。現物で一定の量を収穫ごとに国が買い取りますから、気を付けて下さいね。これをクリアすれば問題視はさせません」

「なるほど。最低限のノルマという訳ですか」


 させない、と言い切った。

 つまり下回ればこのティアニス王女の顔に泥を塗るという訳か。

 ……農家から仕入れをしているから分かる。

 農作物は常に一定の成果を得られる工業品ではない。

 天候や気候、魔物や動物の被害。病気や土地の問題。


 それらの所為で豊作の時もあれば凶作の時もある。

 きっとルーイドの作物の多くはこのノルマの為に小麦とサトウキビで占められているのだろう。

 そんなやり方では儲かる訳がない。


 凶作の時はノルマ分がやっと。

 豊作で余ったとしても同じ作物ばかりで値崩れを起こす。


 ルーイドはこの悪循環に陥っている。

 王国は必要な作物さえ回収できればいいから、食料の価格が落ちるのも含めてむしろ都合がいいのだろう。


 この事業は実質ルーイドの立て直しに近い。

 そうしなければ手間の割にまともに儲からない。

 しかし規模だけは大きく、しかも手放せないお荷物と化す。


 なるほど、この話が回ってくるのも当然だ。

 自由に儲かる作物を植えられないなら押し付けてしまおうという考えだろう。

 貴族の連中の考えそうなことだ。


 本当においしい話は身内で消化するのが鉄則だ。

 それは貴族も商人も同じ。

 外に回す時点で、それは何らかの瑕疵がある。


 だからこそ、チャンスでもある。

 他の連中とは明確に違うアドバンテージ。土の精霊石の欠片の存在だ。

 収穫の下振れを抑え、上振れを増やせる。


 だからこそティアニス王女もこっちにこの話を持ってきた。

 ティアニス王女の面子は保たれ、こっちもビジネスのチャンスとしてお互いが得するように。


「出来ますよね? 私はこの件であなたの手腕を大変評価しています」

「ありがたき幸せ。ご期待に沿えるように頑張ります」

「そう言ってくれると思ったわ。では、名前と魔石粉の印を」


 カノンがさっと二枚の紙を用意する。

 羊皮紙ではない。触り心地の良い、上等な紙だ。


 さっと名前を記入し、右手の親指に魔石の粉をつけて拇印を押す。

 契約は成立した。

 これを破れば、王族との契約を破ることになる。

 ……ティアニス王女はこっちを利用しているつもりなのだろう。

 だが、こうなったらこっちが足がかりに利用してやる。


 ソファーから立ち上がり、ティアニス王女に対して背を向ける。


「よい結果を待ってますね」

「ええ。もちろん」


 アズとエルザを連れて部屋を出る。

 足の力が抜けそうになり、エルザに肩を支えてもらった。


「大丈夫ですか?」

「助かった。足がちょっと震えてな」

「なんだかすごい話になりましたね」


 アズも支えてくれたので、なんとか足に力を入れて元の姿勢に戻る。

 扉の前にいるメイドが微動だにしないのがむしろありがたい。


「用は済んだ。城から出よう」

「分かりました」


 二人の力を借りつつ、無事王城から脱出した。

 城の前ではラミザさんがパイプから煙をぷかぷかと浮かせている。

 その頃には足にも力が入るようになっていた。


「やあ少年。元気がないみたいだね」

「少年はもうやめてくださいよ。それによく言いますね。置いていった癖に」

「そうだな。取り分は君に流れただろ」

「あまり嬉しくはないですが……一本化できただけマシではありますね」

「だろう?」


 本音は面倒だから引きこもりたいのが見え見えだ。

 だが今回のことでは恩人だし、無茶振りもした。

 これから飴玉の製造のこともある。

 これで良かったのかもしれない。


「そういえば、飴の製造は大丈夫なんですか? 相当な数が要求されると思いますが」

「ハハッ」


 おかしなことを言った覚えはない。


「錬金術師ってのはやっぱりあんまり理解されてないなって思っただけさ。大変なのはレシピを作るまで。まああの時は急な話だったから皆で作ったけど。調合だけなら魔道具もあるし、そんなに大変じゃないよ。手伝いも要らないから」

「そうですか。ならこっちは引き継いだ土地に集中しますね」

「頼んだよ。とはいっても今は閑散期だから、冬が明けてからだねぇ」

「ええ。時間はありますから、色々考えておきますよ」


 バタバタしながらも、協力したあの作業は嫌いじゃなかった。

 だがしないで済むならそれに越したことはない。


 どうせならあの甘い芋をなんとか広めたい。



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