第347話 断れない提案
「ゴホッゴホッ」
あまりの驚きにむせかけた。エルザが背中をさすってくれている。
口に含んでいた紅茶をぶちまけなかった自分を褒めてやりたい。
この部屋の調度品やカーペットは最高級品だ。
弁償となると目玉が飛び出る様な金額になる。
いや、今はそういうのはどうでもいい。
「いきなり何をおっしゃってるんですか?」
「驚かせてしまったみたいね」
「……当然かと。殿下のあまりの懐の深さに驚いているのでしょう」
嘘をついている。彼女もティアニス王女の一言で一瞬動揺していた。
どうやら忠誠心が行き過ぎて諫言の気はないようだ。
それはどうなんだろうか。
「土地はもう十分あるからなぁ。私はパス」
ラミザさんはそういってこっちを見る。
押し付ける気満々だ。
錬金術師である彼女は、薬草など様々な植物を必要としている。
この辺りでは手に入らない植生のものも調合で使う為か、専用の土地を店の裏に確保してあるのだ。
ちなみに立ち入りは禁止。マンドラゴラなど素人が関わると命の危険があるから。
「ちゃんと理由があるのよ?」
鈴を転がした可愛い声だ。すんなりと耳に入る心地よさがある。
「ルーイドは王国内の食料自給を確保するための衛星都市なのは知っているでしょう? だからこそ必要な食糧を生産してしてくれるなら色々と目を瞑っていたの。一部の権力者が農地を独占しているのもね」
「ええ、その辺りは商人として聞き及んでます」
独占した土地での小作民制度だ。
それ自体は別に違法ではないし、安定した量と品質の作物を育てる上ではメリットもある。
行き過ぎた搾取などがあればその限りではないが……農奴を使うよりは働き先にもなって良心的だろう。
「でも、ポピーの実の密輸、麻薬の精製、密売未遂。こんなことをされたら一族郎党処刑。残った人たちも、信用できるか怪しいわ」
サラッと言ったが、どうやら黒幕達は皆処刑されることに決まったようだ。
しかも一族郎党まで。
なるほど、見た目にそぐわず苛烈な部分があるというのも納得だ。
この容赦のなさは間違いなく王族の一人というわけか。
「幸い、ほぼ任せきりにしていたみたいだから接収した農地は誰かが引き継げば今までと同じような運営が出来るの」
「それと我々に土地を与えようとするのは何の関係が?」
「貴族ではないのだから土地はあげられないわ。でも商人や錬金術師なら使い道もあるかと思って。形としては私からの貸し出しになるかしら」
「……なるほど」
少しばかりホッとした。
なるほど、分かってきた。
麻薬事件でルーイドの大地主たちが処分され、管理していた土地が浮いた。
それはかなりの規模らしく、管轄は主導した第二王女の預かりとなった。
ルーイドは食料生産を目的とした衛星都市だから、土地の使い道は限られる。
本来はこの土地はルーイドに残った人たちに再分配されるのが普通だが、事件が事件だけにそれははばかられる。
罰という名目もあるかもしれない。
なら配下の人間にでも投げればいいのではないかと思うのだが。
「それこそ私達に話をする必要はあるのでしょうか? 管理が得意な人もいらっしゃるのでは?」
「殿下の好意を無下にすると?」
いちいちカノンが口を挟んでくる。
気持ちは分からんでもないが、今は鬱陶しい。
「いないことはないけれど……。でも、貴方に頼みたいわ。どうせなら成果の出せる人にお願いしたいもの」
「私は商人です。農業は素人ですよ」
「ええ、知ってる。トライナイトオークションに参加したことも。その後公爵のおじさまに会ったことも」
そう言ってティアニス王女の美しい瞳がこっちを見据えた。
ドキッと心臓が跳ね、背筋が一気に冷える。
「よく知ってますね」
「調べたから。それにアナティアお姉さまとは仲がいいの。たまにお話をするのよ」
王族の情報網か。恐るべし。
土の精霊石の欠片も王族相手には隠せないか。
「あーあ。なるほど私がついでだったか」
「そんなことはありませんよ。ふふ」
ラミザさんはそう言って紅茶を飲み干して席を立った。
「ここから先はもう私に用はないよね。それじゃあお先に失礼するわ」
「ちょっと、ラミザさん!」
「どうぞ。またお話ししましょう。飴の製造をお願いしますね」
「分かってる」
さっさと行ってしまった。
隣にいるだけで少しはマシな気分だったのに、あっさりと見捨てられた。
あとで文句を言うとしよう。生きて出られたら。
「私、というよりは王国の総意を言うわね。ルーイドの作物が安定するならその管理者は誰でもいいの。もちろん王国に従うのが前提で。管轄はお兄様から私になったし」
お兄様。第一王子のことか。継承権第一位の王太子。
ルーイドはどうやら第一王子の管轄だったようだが、今回の事件が切っ掛けでティアニス王女の管轄に移ったらしい。
これも権力争いの一環ということか。
であれば、一刻も早くかつ良好な結果が欲しいのは当然だ。
そして欠片とはいえ土の精霊石を所持する商人がのこのことやってきた。
頭を抱えたくなった。
これは詰んでいる。断るならどうにかしてカノンと会わずに済ませるべきだった。
王族の命令など木っ端の商人が断れるはずがない。
名目こそイエスかノーかで答えられるようにしているが、これはまさか断らないよね? あなたがイエスと言ったのだから私は強制してないよねというポーズだ。
一切言い逃れが出来ないように縛るつもりか。
「貸し出す際は得た利益の一割を納めてもらいます。どれだけ儲けてもこの数字は増えません。私の名前に誓って」
「それは良心的ですね……ええ、本当に」
「含みがある言い方だな」
「まさか。そんなことはありません」
実に良心的だ。
普通に土地を借りようと思えばもっととられてもおかしくない。
だからこそ借りるという選択肢は後回しにしていたくらいだ。
好条件ではあるが、もしこの話を受ければ第二王女の派閥扱いされて鈴がつくことになる。
他の王族の派閥にあてはないのでそれは構わないのだが……。
ダメだ。いくら考えても断る口実がない。
商人としてもメリットが大きすぎる。
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