第275話 護衛、開始します
ご主人様に見送られ、目的地の公爵家にたどり着いた。
依頼が始まる前から不安がぬぐえない。
粗相をしたらどうしよう。
こういう時こそいて欲しかったのだが、護衛の依頼は戦えないご主人様に危険が及ぶ。
「緊張しなくても平気ですわ。こう言っては何だけど、向こうは私達の実力は知ってるのだから敵に回したくないでしょうし」
「そういうものでしょうか? ご主人様は貴族に対してとても気を使ってますけど」
「私達を暴力として使う発想がないだけですよ。優しい人ですから」
「単に思いついてないだけじゃないかしら? 最初に痛い目にあったのだし」
真相は分からない。ただ少し緊張はほぐれた。
公爵家の館は厳重な警戒が行われている。
ネズミ一匹通さないという気概を感じ取れた。
門番に呼び止められたので、アナティアさんの護衛として雇われたことを伝えると門の中に入ることが出来た。
入ってすぐに門が閉じられる。
迎えが来るまではそこを動くなと強く言われた。
「これはずいぶんとお怒りね」
「娘が誘拐されかけたんですから、心中穏やかじゃないでしょう」
「それも一因でしょうけど、二度目は絶対に許さないという意地も見えるわ」
「そうは言っても、普通の兵士に止めれる相手じゃなかったけどねー」
「……あれは不気味でした」
迎えが来るまでの間、少し話した。
屋敷は中庭も含めて修繕中だったが、もうかなり復元が進んでいた。
ただ放置されている石像が不気味なオブジェのようだ。
少し待っていると、メイドが一人こっちに歩いてきた。
「どうぞこちらへ。お嬢様がお待ちです」
迎えのようだ。後ろに付いていく。
本邸ではなく離れに案内され、二階に上がり、その奥の部屋に通された。
「よく来てくれたわ。頼りにしていますよ」
そこには依頼者であるアナティアさんが座っていた。
周囲にはメイドの人達が控えている。
アナティアさんは立ち上がると、私達一人一人に握手をした。
しっかりと握られた手は熱い。
「連絡がありました。明日、使節団がここに来ます。調査の為に三日ほどこの都市に滞在する予定です。なのでそれまではお願いね。その間滞在してもらうけど、不自由しないようにメイド達に世話をさせるわ」
「そんな事までは。寝る場所を用意してもらうだけでも十分です」
「アズ、別に構わないから好意は受け取りなさい。向こうにも面子があるのよ」
私がそう言うと、アレクシアさんは小声でアドバイスしてくれた。
そうか。もてなすのも向こうの仕事なんだ。
「いえ、分かりました。お願いします」
「そう言って貰えると助かるわ。警備をお願いしたけど、非常時以外はなるべく普段と同じように過ごしたいの。構わないわよね?」
そう言えばこっちの指示には従うようにと契約にあったっけ。
エルザさんとアレクシアさんの顔を見る。
どちらも頷いたので問題ないようだ。
「どうぞ。緊急時には従って貰いますが、基本的には近くにいますので」
「話が早くて助かるわ。さすがはあの人が頼りにする人達ね」
おべっかなのはすぐに分かったが、褒められて嫌な気はしない。
まず希望されたのは花壇の修繕からだった。
大枠は整えられているが、花壇には土しかない。
どうやらアナティアさんが自らの手で花を植えるようだ。
「花壇は私の趣味なの。メイド達は私にやらせるなんて、と止めてくるけどこれ位は自分でやりたいじゃない?」
「お嬢様、何度も申し上げましたが、服も手も汚れますので……」
「ほら、こんな風に」
「あ、あはは」
ドレスではなく、動きやすい服装に着替えているとはいえ見るからに高級な素材が使われている。
それに土いじりで手に怪我でもされたらと思うと、メイド達も気が気ではないのだろう。
……ただ花壇に花を植えることすら、止められてしまうような身分なのだ。
それはそれで不自由だなと思う。
「なら手伝います。それならすぐ終わりますよね」
「あら、そんなつもりじゃなかったんだけど。なら手伝って貰おうかしら」
「私達には命じて下さらないのに」
「普段からたくさん仕事を抱えているのに、服を洗うのも大変でしょう」
メイドを手伝わせないのには理由があったようだ。
アレクシアさんがサポートしてくれれば服も手も汚さずに終わらせられる。
花壇の手入れが終わると、アナティアさんは着替えるついでに入浴をするようだ。
さすがに浴槽までは一緒に入らなくてもいいとの事だったので、浴室の前に立つ。
離れとはいえ浴室は広い。大貴族の財力を垣間見た気分がする。
重税を課したわけでもなく、都市を発展させた結果なのだから凄いと思う。
入浴は長かった。
アレクシアさん曰く、貴族でも上流階級はとにかく風呂が長いそうだ。
自分で現場にいくような規模の小さい貴族の場合は、時間が惜しいのでさっさと終えてしまうとか。お湯を沸かす薪もただではない。
その後は一緒にティータイムを過ごし、食事をご馳走になった。
見たこともない料理がコースで出されて驚いたものの、量は物足りなかった。
後で食堂に行って何か分けて貰えないだろうか。
味はとても美味しかったのだけど。
「冒険者の方には少なかったかしら」
「いえ、そんなことは!」
どうやら見抜かれていたらしい。
いかにもお嬢様であるアナティアさんにそう言われると少し恥ずかしい。
「量を増やす様に言っておくわね。どうか遠慮しないで。ね?」
「分かりました。そうしてくれると助かります」
「希望はちゃんと言ってね。アズさんと、アレクシアさんに、エルザさん」
それから散歩に付き合ったり、最近ちまたで流行っているというボードゲームの相手をしたりして過ごした。
護衛というよりは遊び相手をしている気分になったのだが、今は前哨戦のようなものだ。気を抜かずに、だけど緊張して消耗しないようにしないと。
夕食を終えて、お風呂に順番に入った。
その後に案内された用意してくれた部屋は三人でも広いほどだ。
何かあった時の為に交代で一人は必ず起きている状態にしておく。
初日は何事もなく無事に過ごすことが出来た。
本番は明日からだ。何が起きても良い様にしっかりしないと。
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