第274話 優先順位を見誤るな
依頼を請けることが決まり、後で揉めないように細かい事を詰めて正式に契約書を交わす。
冒険者組合を通さない、直接依頼になった。
中抜きはない代わりに依頼の評価もない。
全ての報酬はヨハネに支払われる。
中抜きがないならみんな直接依頼をすればいいと思うかもしれない。
しかしヨハネにとっては問題ないが、冒険者の中には契約に関して無知な者もいる。
困ったことに、上級冒険者でもそういった人物がいると聞いた事がある。
一時期冒険者が搾取に近い形でこき使われたこともあったようだ。
その事件から冒険者組合が仲介料を貰い、事務の肩代わりを行うようになって今の形式になった。
余談だが、そうなってから冒険者組合は一気に大きくなり大陸全土に広がっていった。
仲介で得られる資金で規模を拡大し、それによりさらに多くの依頼を引き受けてより稼ぐ。
大陸全土に支部があり、国家に属せず独立した組織である理由がそれだ。
れっきとした営利団体である。
奴隷でなくても、無知な人間は食い物にされてしまう。
法は貴族すら裁くものだが、知らなければ味方につけることは出来ない。
騙されている人間は、まず自分が騙されている事を知る必要がある。
「これで契約は完了ね。ほっとしたわ」
そう言ってアナティア嬢は胸を撫で下ろす。
握手をかわし、立ち上がった。
「それじゃあ明日からよろしくお願いしますね。ヨハネさん」
「ええ」
別れの挨拶を終え、メイド達を引き連れて部屋を退出していった。
ようやく肩の荷が下りる。
「よかったんですか? 引き受けてしまって」
「そうそう。明日にはもうここを出発しようって言ってたじゃないですか」
客人がいなくなった途端、アズとエルザが回り込んできた。
「よくはない。よくはないが、人生は上手くいく事ばかりじゃないってことだな。まあ真っ当な報酬だったのもあるが」
ヨハネはそう言って契約書を丸め、道具入れに突っ込む。
「まあ、ご主人様の勝手は慣れていますわ。でも免税証なんて思い切ったのね。期間は記してあるの?」
「契約書によれば十年とあるな。さすがに永続とはいかなかった」
「そう。……相手がいくら美人だからってデレデレしないでよね」
そう言ってアレクシアはそっぽを向いてしまった。
デレデレなどしていないと思うのだが、反論すると余計に機嫌を損ねてしまいそうだ。
放っておけばそのうち機嫌を直すだろう。
アズの方へ向く。
「アズ」
「なんでしょうか?」
「今回は護衛だ。つまり、俺は役に立たない。俺は同行しないからリーダーとしてお前に委細は任せる」
「えっ!?」
驚いた声がうるさい。
話にも出したし、契約書にも記してあるのだが、もしかして聞いていなかったのか。
だとしたら何に気を取られていたのだろう。
「とりあえず普段から引っ付いて危険から守ればいい。優先順位は間違うなよ」
「はい! 護衛対象が一番ですか?」
「違う。俺達は護衛を請け負ったが、忠誠を誓った訳じゃない。彼らの禄を食んで生活していないんだ。いいか、最優先はお前達三人だ。次に護衛対象。絶対に間違うなよ」
「分かりました!」
アズから元気な返事が聞こえたのでこれで大丈夫だろう。
エルザを太陽神教の使節団と会わせるのは少し不安ではあるが、無茶をするような事はしないと思う。
アレクシアもいるので貴族に対しても適切に振る舞えるはずだ。
貴族の一日というのも気にはなるものの、結婚前の公爵令嬢に男が纏わりつくのは避けたいという事情はメイド達の態度から伺い知れた。
護衛はヨハネを含めず、アズ達だけでと決まった瞬間露骨にホッとしていたのを見ている。
もしかしたらアナティア嬢の興味をこっちに向けたくないのかもしれない。
あり得るな。こっちとしても友好関係以上は求めていない。
幸いというべきか、アーサルムを出る準備は終わっていた。
そこから食料などの余計な荷物を取り出せばそれで十分だ。
食料は保存が効くので、後々消費すればいい。
保管する場所がないので宿は一部屋借りなおしだな。
「今日はもう休め。俺も寝る」
そう言って今日一日を終えることにした。
そして次の日、アズ達を公爵家に送り出す。
一度訪ねているので迷う事もないだろう。
「それじゃあ行ってきます。私達だけで貴族の家に行くのは少し緊張しますけど……」
「そんなに肩に力を入れなくてもいい。アレクシアとエルザはアズを補佐してやれ」
「言われなくても」
「分かりましたー」
さっそく向かったアズ達を見送る。
後は無事に帰ってきてくれればいうこと無しだ。
依頼には失敗したっていい。
「さて、と」
とはいえ、何もできる事がないわけではない。
人事を尽くして天命を待つという言葉があるように、手は打っておこう。
冒険者組合に足を運び、フィンを呼び出す為の符丁を送る。
間に合うかどうかは分からないが、もし力を借りられればアズ達のサポートとしてはこれ以上ない助っ人になる。
もしかしたら無駄になるかもしれないが、無駄になるからやらないでは選択肢が減ってしまう。
ここからは本当に任せるしかない。
だが待つだけというのは性に合わない。今のうちに市場調査でもしておくか。
いくら免税になっても、高くて売れるものが分からないのではわざわざここまで運ぶ意味がない。
ぐるりとアーサルムにある店を歩いて回ることにした。
どこの店の酒も見たこともないものばかりだ。
さすがは流通の要所。
代わりに王国の酒は少ない。
商品を買って、世間話を装って色々と尋ねてみる。
こうすれば向こうも無下にはしない。
突っ込んだことを聞いて怪しまれる訳にもいかないので、さわり程度にしか分からなかったがそれでも指針にはなる。
アーサルムは各地から酒が集まるようになっており、色んな酒を楽しめるようになっている。
その分王国の酒のシェア率は低く割を食っているのが現状のようだ。
ただ、この都市がこうなる前の住人は王国の酒を好む傾向があるので一定の需要はあるとのことだった。
国産の高級酒は狙い目かもしれないな。
朝から瓶に詰められた酒を脇に抱えながら歩いていると、なんともダメな大人という感じがする。
周りから見られているとすら思えてきたが、さすがに自意識過剰だ。
そんなにみんな暇ではない。
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