第226話 全ての助けに手を伸ばすことはできない

 警備隊に事情を話すと、ジェイコブまで話を通さなくても動いてくれた。

 どうやらロゴスは既にマークされていたようだった。


 向こうは半信半疑ではあったものの、四人ほどヨハネについて現場に戻る。


 アズ達が丁度気絶したチンピラ達とロゴスを座らせ、後ろ手に縛り終えていた。

 受付の女性は見当たらない。そういえばヨハネが外に出た時にはもう居なかったなと思い出す。

 さして問題はないだろう。


「ご協力感謝します」


 そう言って警備隊はロゴス達を立ち上がらせ、連行する。

 叩けばいくらでも埃が出る連中だ。

 暫く臭い飯を食った後は労役か国外追放といったところか。

 ロゴスが持っていた残りの金は押収されて税金になる。


 そして俺が得た金はロゴスが証明できないためそのまま、という訳だ。


「結果的にはいい仕事になったな」

「お役に立てたなら良かったです」


 アズがそう言って胸を張る。

 ヨハネも今回の手際の良さに感心した。


「さて、後はあの子か」


 ロゴスが連れていた奴隷の少女がまだ奥にいる。

 主人が捕まった奴隷は、奴隷法に照らし合わせると所有権が浮く場合が多い。


 たとえば軽犯罪ならすぐに出られるのでそうはならないが、ロゴスがこの家に戻ってくることはもうない。

 家の外に出ても、身分が身分だ。碌な目には合わない。


 子悪党であるロゴスを金儲けのついでに制裁したことになんら後悔はないが、その所為で余計な犠牲は出したくない。


 さてどうしたものか。

 警備隊が証拠などを押さえにまたここに来る。

 奴隷の少女はその場合、保護される可能性が高い。


 今の警備隊には高いモラルがある。


 つまり無理に逃げるよりはここに居た方がいいだろう。

 それだけは伝えておくべきだ。


 ヨハネは奥に進み、扉を開ける。

 部屋の中では奴隷の少女が身を震わせていた。

 普通の奴隷はこういう反応になるのか。


 ここはロゴスの部屋らしく、趣味の悪い内装だ。


「あ、あの」

「ロゴスならもう居ない。逮捕された」

「そう、ですか」


 奴隷の少女は潤んだ眼で上目遣いでヨハネを見る。

 少女ながら、いやだからこそ庇護欲をかきたてる仕草をしてくる。

 ロゴスは少女に暴力を振るっていたが、それでも後ろ盾でもあった。


「これから私はどうなりますか?」

「下手に外に出ずここに居ろ。もう一度ここに警備隊が来たら保護を求めればいい。俺からも彼等に伝えておく」


 主人がいないとはいえ、何らかの仕事の代わりに最低限の衣食住は保証されるだろう。少し援助するぐらいは考えている。

 同情の余地ありとして場合によっては奴隷身分の開放もしてくれる可能性だってある。



「助けてくれないんですか」

「悪いが、だれかれ構わず助けるには俺の手は足りないって事に気付いてな」


 居なくなったカナハの件も片付いていない。

 それに、この少女がアズ達と同じようなことが出来るとは思えなかった。


「貴方の所為でこうなったのに?」

「そうだな」


 奴隷の少女は立ち上がってヨハネに近づき、手を掴もうとする。

 だが、アズがその手を止めた。

 不思議そうにアズを見る。


「何で止めるの?」

「私のご主人様だから」

「……そっか」


 少女は元の位置に座り、こちらに目を向けずクッションを抱きしめた。

 どうやらヨハネに助けを求めても無駄だと判断したようだ。


「少し大変かもしれないが、生きてればいい事もある」

「なかったよ、そんな事」


 それを最後に、少女は喋らなくなった。

 後味の悪さをヨハネは感じつつ、部屋から出た。


 やはり助けるべきだったか?

 だが、それは際限がないことだ。

 同じような境遇の子供は他にもいる。


 全員に手を差し伸べられないのなら、妥協するしかない。

 まずは周りを大事にしていこうと改めて決意を固めた。


 ロゴス一家の家を出る。

 窃盗団との関わり合いはなさそうだった。

 もしかしたらここにカナハが幽閉されているかもと思ったのだが、あてが外れた。


 アズ達も良く調べてくれたが、繋がりは見つからなかった。

 ここにはもう用がない。立ち去る為に歩き始めると、アズがヨハネの右手を握った。


「どうした」

「なんとなく、です」

「そうか」


 ヨハネはそのままにしておいた。

 アズの手は温かく、柔らかい。


「じゃあ私は左手ー」

「おい、エルザまでなんだよ」

「まぁ、無駄足にはならなくて良かったですわね」

「まあな」


 それから店に戻ると、ヨハネは異変に気付く。


「どうしました?」

「いや、……これは」


 アズとエルザから手を放し、早足で倉庫を確認する。

 鍵は掛かったままだが、無理やりこじ開けようとしたあとがある。


「なるほど、俺がいない間を狙ったか」

「もしかして、また窃盗団ですか!」

「だろうな」


 ヨハネは店頭に移動する。

 カイモルや別の従業員が忙しなく仕事をしていた。


「あれ、店長。どうしました」

「カイモル、裏で音がしなかったか?」

「え、と。そういえばなんか物音がしたような。倉庫で何か崩れたのかなと思ったんですけど、さっきまで忙しかったのであとで見に行こうと。何かありましたか」

「そうか。いやいい。引き続き店を回しててくれ」

「分かりました」


 カイモルは何事かと思ったようだが、仕事に戻る。


 ヨハネは裏に引っ込む。

 アズ達が少し心配そうにしていた。


「舐められたもんだな。一度ならず二度もか」


 折角一仕事終えた解放感に浸っていたのに、とヨハネはため息を付いた。

 倉庫を開けられなかったという事は、それより強固なヨハネの部屋は無事だと思っていい。


「アズ」

「はい」

「捕まえるぞ。これ以上悩みの種はいらん」

「もちろんです」

「でもどうしますー? 聞き込みは結構したんですけど、あんまり情報も集まらなかったし」


 エルザの言葉に、ヨハネはふんっ、と腕を組む。


「こっちから見つけれないなら、向こうから来てもらうとしよう」

「釣り、ですわね。確かに有効かも。今回は何も得られなかったことですし、また来るのはあり得ますわ」

「だろ。慎重な奴なら同じ店は狙わないからな」


 少しばかり、ヨハネは苛立ちを感じていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る