第225話 手元から離れると取り返すのは難しい
金が手元を離れた場合、取り戻すのは難しい。
例えば詐欺にあったりすると、まず返ってこない。
だから詐欺の防止を呼びかけるときは、まず金を払う前に考えろと伝える。
一見成功者ぶっているロゴスだが、結局はこいつは流れ者でしかない。
本当に成功している人間ならそう簡単に場所を変えたりせず、仮に変えるとしてもこんな場所に拠点を構えない。
これから大掃除されるのが分かっている場所で、しかも無認可の金貸し。
どう考えても目を付けられる。
たまたま上手くいったお山の大将というのがヨハネから見たロゴスという男だった。
そもそも、大きな金を扱うにしては軽率すぎる。
ここに来る前は、恐らく下っ端として取り立てをしていたのではないだろうか。
その時の知識を使っていたとすれば色々と合点が行く。
ライバルとなるような存在も居なかった結果、大金を稼ぐことに成功した。
だがそこで考えるのを止めてしまったようだ。
金は中々扱いが難しい。
稼ぐだけなら意外とできてしまう。
問題は金は稼ぐだけでは解決しない。
稼いだ後は守らねばならず、必要な分を貯めねばならず、自分の身を守るために使わねばならない。その為に稼いだ後は増やすことも考える必要がある。
だからこそ面白いのだが……、残念ながら商人以外にはあまり理解されない。
多くの人にとっては日々を過ごせれば良いということだ。
その理屈で言うと守る力がなかったということになるか。
そんな事を考えていると、ロゴスが右腕でヨハネの襟元を掴もうとした。
随分と太い腕だ。
喧嘩になればあっという間に殴り倒されてしまう。
一人でここに居れば、だが。
アズがロゴスの右手を蹴りで払う。
「汚い手で触らないでください」
「貴様……!」
ロゴスからすれば子供の様な、それこそ自分の奴隷とそう変わらない背丈のアズに右手を蹴られて遂に理性を保てなくなったようだ。
「何も調べていないと思うのか。お前は店を持っているそうだな。今ここでお前達を始末して、金はそこからでも回収してやるぞ」
分かりやすい脅迫だ。ロゴスのような強面の大男に睨まれれば、多くの人間は恐怖でいう事を聞いてしまうに違いない。
「うるさい奴だな。そもそも金を俺に渡した時点でお前は摘みなんだよ。あの契約書。それらしい事は書いていたがお前この国の金融法も知らないだろ」
借りる度に書かされた契約書は、そもそも無認可の金貸しの時点で何の法的根拠もない。
訴えても、ロゴスが捕まるだけだ。
それでもきちんとした契約書であれば色々と利用価値もある。
しかしヨハネが見た契約書には残念ながら、最低限の形式すら整っていないものだった。
こんなものを役人に出せば、むしろ心証が悪くなるほどに。
何も知らない人なら、あるいは文字の読み書きが難しい人には脅しとして効果があったかもしれないが、ヨハネには通じない。
最初に契約書を見た時点で勝ちを確信していた。
後はロゴスが大金を貸すかどうか。
途中で貸すのを渋られていたら、そこでヨハネの損は確定してしまっていたからだ。
契約書とは商人にとって命綱に等しい。
そしてそれは悪党にとっても同じことだ。
馬鹿に悪党は務まらない。
ロゴスは凹んだ机の上のベルを勢いに任せて鳴らす。
すると、慌ただしく武装した男たちが部屋になだれ込んできた。
ロゴスが抱えている用心棒たちだった。
「どうしました、旦那」
「この男を殺せ! 女達は好きにしろ。後で売る」
「そりゃあいい」
ヨハネはため息をついた。
「一番つまらん幕引きだな。交渉すら出来ないか」
ヨハネとしては、ロゴスがもし理性的に話すのならば多少は交渉してやっても良いと思っていた。話し合いで解決できるに越したことは無い。
向こうの分がそもそも悪いのは理解していた筈だ。
回収する手段が暴力しかない時点で、それが通じない相手には意味が無くなる。
半分を返して、後腐れはなし。
その辺までなら妥協してやってもいいと。
もう十分稼いでいただろう。
残った金でも他所に行けば十分やっていける位に。
だが、ロゴスは金貨一枚たりとも損をするのがたまらなく嫌なようだ。
そして、それが命取りとなった。
「正当防衛だ。やれ」
「はーい」
「結局こうなりますのね」
「分かりました」
アズ達が武器を抜く。
向こうの用心棒たちは少しだけ警戒したようだが、所詮は女三人と思ったらしくすぐに下卑た顔に戻る。
雇い主に似てよく考えていないらしい。
室内だからアレクシアの魔法は使えないが、それでもうちのパーティーは強い。
アレクシアが戦斧を振れば相手は吹き飛び、エルザがメイスを叩きつけると骨が砕ける。
アズは剣の腹で近寄る男達を打ち付ける。
殺しは少し気が咎めるようだ。
無力化できるなら別に構わない。
というか、死にはしてないが十分に痛めつけているように見える。
最後に残った男は、アズに突っ込んできたところを上から叩きつけられて、頭が床を突き破っていた。
痙攣しているので生きてはいる、はず。
「何だこの強さは! ただの奴隷ではないのか」
「……趣味で奴隷に冒険者をやらせているのさ」
「意味が分からん。なぜ強くする必要があるのか。どうやって強くなった奴隷を制御するつもりだ」
「制御、ね。さもしい奴だ」
ヨハネとしては、他人を雇うより奴隷を買う方が結果的に安いと思い始めた。
予想通り、第二の収益になる位儲かっている。
確かに反抗されたら困るなと思ったが、その気もなさそうだし問題ないと考え直した。
そもそも、もう奴隷として扱ってすらいないし。
衣食住あれば人間そう不満はたまらない。
稼ぎもそれなりに還元しているし、反抗しないよなと三人の顔を見る。
何故みられているのか分からない三人は不思議そうな顔をした。
大丈夫そうだ。そもそもその気ならもっと早い時点でなにかしている。
「さて、領主代行に恩を売るとしますか」
「ま、まて。話をしよう」
「もう遅いよばか。気絶させろ」
アズがさっと近寄り、跳んでロゴスの顔を蹴り飛ばす。
巨体が宙を舞い、机の上に落下して机が壊れる。
「ちょっと見張っといてくれ。ジェイコブに話をしてくる」
「早めにお願いしますねー」
エルザは痙攣している男をつつきながらそう言った。
司祭だからか無駄な死人が出ないように気を使っている。
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