第214話 アズ達の居ぬ間に
酒場の人々は、結局アズ達の話を肴にまた飲み始めてしまったので、巻き込まれないうちに退散する。
アズの体調がまだ完全ではなかったので、慌ただしく帰るよりもやはり一泊することになった。
カズサも併せて4人で宿を借りる。
大部屋になったので、ウトウトし始めていたアズを寝かしつける。
「私の宿代もいいの?」
「清算もまだですし、その位で文句は言いませんわ」
「そうそう。アズちゃんから君の事聞いてたから、色々教えてよ」
「いいですけど……」
カズサはアレクシアとエルザから色々と尋ねられ、何とか答えていった。
そのうちに日が落ちはじめていく。
宿から大きな桶を借り、アレクシアが水の魔法を準備する。
魔法で見る見るうちに桶が水で満たされ、火の魔法で沸き立つ。
「これはちょっと熱すぎない?」
「混ぜれば丁度いいですわよ」
エルザにアレクシアがそう言って腕をまくり、桶の中をかき回す。
「あっという間に。やっぱりお姉さん凄いんだね」
「ふふ。流石に湯舟にするには小さいですけれど」
湯にタオルを浸し、絞る。
上着を脱ぎ、そのタオルを使って身を清めていく。
「はぁ、これはこれで気持ち良いけど早く戻ってお風呂に入りたいねぇー」
「まぁそうですわね。これだと髪も満足に洗えませんわ」
カズサは湯を取り分け、アズの体を拭く。
兄弟姉妹が多いというだけあり、世話に慣れているのか手際よく済ませる。
一通り身嗜みを整え終わると、残った湯は処分して残っていた携帯食料を処分がてら夕食にした。
「うん、思ったより柔らかいベッドだね。これならよく眠れそう」
エルザが修道服を脱ぎ、ベッドに転がる。
些かはしたないような気もしたが、疲れているのはアレクシアも同じだ。
「さ、寝ますわよ」
「うん」
灯りを消すと、すぐに全員の寝息が聞こえてくる。
遠くの酒場から僅かな喧騒が聞こえてきたが、眠りが妨げられることは無かった。
次の日の朝、一番早く目が覚めたのはアズだった。
両手を握っては開き、調子を確かめる。
身体はまだ鉛の様に重いが、それでも幾分マシになった。
ベッドから足を下ろし、立ち上がる。
少しだけ立ち眩みがしたが、すぐに引いていった。
足元にはベルトを外して置かれた鞘がある。
何故か隣に黒騎士の剣が置かれていた。
仕舞ったはずなのに、とアズは不思議に思い黒騎士の剣を掴んでまた袋に詰めようとする。
しかし、入らない。
袋はまだ一杯になっておらず、剣一本なら入るだけの余地はあった。
だがどれだけ入れようとしても無理だったので、仕方なくそのままにする。
「なんでだろう?」
頭を捻るが、分かる筈もない。
エルザが起きたので聞いてみると、彼女にしては珍しく渋い顔をした。
「呪われちゃってるねぇー」
「えぇ……」
確認の為に確かにアズは一度黒騎士の剣を抜いている。
どうやらその際に呪われてしまったようだ。
「うーん、解呪の奇跡はっと」
呪いに対処するのは久しぶりらしく、エルザは口元をもごもごさせながら奇跡の為の言葉を紡ぐ。
「創世王の名において命ず、呪いよ祓いたまえ」
エルザがそう言うと黒騎士の剣を掴む。
聖なる光が剣を包みこむ。
すると赤い光が浮かび上がり、代わりに剣身を染めていた模様が消える。
赤い光はそのまま上へと向かうそぶりを見せたが、アズの剣に向かって移動した。
「えっと?」
アズが鞘から剣を抜くと、封剣グルンガウスが変化していた。
鏡の様に周囲を映していた剣に赤みが混ざっている。
ふと、黒騎士の気配を感じた。
どうやら、連れていけと言っているようだ。
「アズちゃん、どうする?」
「そうですね……、悪い感じはしないのでこのままでもいいかも」
「うーん、確かにねー」
そう、新たな装いとなった封剣グルンガウスからは不思議と嫌な気配はしなかった。
むしろ、黒騎士の力を感じ取れる。
黒騎士の剣はただのミスリルの剣になってしまったようで、ようやくしまうことが出来た。
朝日が差してくる頃になり、カズサも起きる。
丁寧にベッドを元に戻し、アズ達の方へ近寄った。
「アズ、もう元気なの?」
「なんとかね。心配かけてごめん」
「別にいいよ。あそこから生きて帰れただけ十分すぎるし」
「うん」
自分たちの力で潜り抜けられたのは僥倖だった。
自信となるにはアズとしては余りにも厳しい勝利だったが、パーティーとしては間違いなく大金星だ。
「えーと、アズ達の雇い主が全部買い取ってくれるんだっけ」
道中で回収したアイテムをどうするかの話になった際、ヨハネに持っていく事をカズサにも伝えている。
以前と同じく人数割りで分ける事も検討したが、今回は攻略で手に入れたオーブがある。
他は兎も角これは分ける訳にもいかない。
カズサは辞退しようとしたが、ちゃんと仕事はしている以上それは良くないと話して決まった。
「うん。商人をやってる人」
「ふーん。まぁちゃんと報酬くれるなら私は構わないけど」
アレクシアが最後に起きてくる。
「皆さん随分と朝が早いですわねぇ」
大きなあくびを手で隠し、アレクシアがそう言った。
ただ、どちらかといえばアレクシアが遅いのだが、アズは気を使って言わないでおいた。
宿を引き払い、宿の店主が作ってくれたパンを食べながら都市ポトラムを出発する。
ポータルを利用しつつ、カズサを連れて本拠地へ向かう。
少し予定より時間を掛けて都市カサッドに戻ってきた。
門番に冒険者の証を見せて通過しヨハネの店に戻ると、人が何人か集まっており少し騒がしい。
何があったのかとアズが人の合間を縫って進む。
すると衛兵とヨハネが話しており、少し険悪な雰囲気があった。
ヨハネはアズに気付くと衛兵との会話を打ち切り、人払いをする。
衛兵も用事は済んだのかそのまま職務に戻った。
「おかえり。どうやら無事に戻ったようだな」
「只今戻りました。あの、何かあったんですか?」
「ああ。窃盗団がうちの店を襲った。被害としては多少で済んだんだが……」
「大変じゃないですか! 怪我とかはしてないですか?」
アズは心配するが、ヨハネはそんなアズを宥める。
アズはカズサを連れてきたことを報告し、外で話す事ではないという事で一度家の中に集まることにする。
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