第211話 捧げ剣

「はぁ。またボロボロ。どうせドレスを着せるならもっと良い生地を使って欲しいですわねぇ」


 アレクシアはそう言うと、破けたドレスの部分を縛り無理やり服の形にとどめる。

 肌色面積が増えてしまったが、裸よりはマシだ。


「どう?」

「まだ生きてますわ。アズの様子は?」

「呼吸は安定してるよー。過労だねぇ」

「そう」


 そう言って水筒の水にリンゴ酢を混ぜて、水差しに注ぎアズの口に含ませる。

 糖分も含まれているので、体力回復に役立つ。


 爆風の影響が消え、煙が風で吹き飛ばされていく。

 そこには血騎士が膝をついていた姿がある。


「ゲホッ。ああ、暫く煙草は要らないな」

「魔物が吸うんですの?」

「人間だった頃の嗜好が残っていてね。ここでは手に入らなかったのだが」

「ほら、やっぱり覚えてる。言いたくないだけでしょう」


 アレクシアは戦斧を引きずりながら血騎士に近づく。

 膝をついていても油断ならない相手には違いないので気は抜かない。


「自分が負けた戦の事を喋りたがる男は居ない」

「それでこんな所に閉じこもっていては世話が有りませんわ。いっそ成仏しなさいな」


 戦斧が届くかどうかの位置で立ち止まる。

 血騎士は体の所々が崩れ始めていた。

 崩れていく部分を足元から湧く血が補っているが、間に合っているようには見えない。

 アレクシアの魔法の影響が色濃く残っている。


「私の影が破れる訳だ。もはや火の化身といったところか」

「影? もしかして蒼い鎧の方かしら。黒騎士のアンデッドの方が強かったですわね」

「ふふ。黒騎士か。最後まで戦ったのも彼だったな。彼の剣はそうか。君たちが持っているのか」


 血騎士は立ち上がる。

 右手には剣が握られていた。


「いざ、もう一戦せん」


 血騎士は跳ぶ。

 足は跳んだ瞬間崩れ落ちた。


 最後の一撃なのは明らかだった。

 回避すれば、それで勝利する。


 しかし、アレクシアもまたかつては騎士であった。

 最後の情けとして、血騎士の剣を受ける。


 死に体が放ったとも思えない一撃に、足元が地面にめり込む。


「こんの……!」


 血騎士はどうやら血を放出しているようだった。

 勢いを増すばかりだ。


「反省はあの世でしなさい!」


 魔力を身体の強化に回す。

 身体強化の魔法は燃費が悪い。瞬く間に魔力が燃えていくように消える。


 その甲斐あって、拮抗にまで持ち込んだ血騎士の攻撃を止めた。

 戦斧を押し込み、相手の攻撃を弾く。


 上半身しか残っていない血騎士に向かって、振り上げて天に掲げた戦斧を握りしめた。


「おお。女神の如く」


 それが血騎士の最後の言葉だった。

 戦斧は振り下ろされ、血騎士の体を完全に砕く。


 影のような形は完全に霧散していった。

 いつの間にか遠巻きにこちらを見ていた騎士ゾンビ達が、天に向かって剣を掲げる。


 それは彼らの上官に対して送り出す捧げる剣だった。

 霧が周囲を覆う。


 アレクシアはエルザ達の方に寄り、警戒を続けるが、霧はあくまで周囲を覆うのみだった。


 やがて霧が消えると、そこは蒼騎士と戦った場所だった。

 どうやら血騎士が居なくなったことで飛ばされてしまったようだ。


「ふう。どうやらこれで終わったみたいですわね」

「あー、うーん。アレクシアちゃん、言いにくいんだけど」

「なんですの? エルザにしては歯切れが悪いですわね」


 アレクシアが不思議そうにエルザを見ると、エルザは恐る恐るアレクシアの後ろを指さす。


 そこにはスライムが居た。

 どうやら蒼騎士の残骸を食べたらしく、今まであった黒いスライムよりも大きい。


 そして今、血騎士の鎧の残骸を飲み込んでいた。

 どうやら灰にならずに残っていたようだ。


 ジュッという音と共に消化されると、スライムの体が変化する。


「アレクシアちゃん、魔力はどう?」

「戦えない程ではありませんわ」

「心許ないって事ね。カズサちゃん、アズちゃんを看てて」

「は、はい」


 スライムは人の形を取り始めた。

 その姿は蒼騎士でも、血騎士でもない。色が黒いからか、どことなく黒騎士に少し似ている。


「――ァァ」

「アンデッドを吸収しすぎてアンデッド化しちゃったみたいだね。なら、私の出番だ」


 エルザはそう言うと、メイスを構えて近づく。


 聖水の入った瓶を左手に持ち、口で蓋を咥えて開ける。

 ペッと蓋を吐き出して、聖水をスライムに振りかけた。


 聖水がスライムに届くと、当たった部分が音を立てて浄化される。

 しかし気にせずスライムは自分の身体を固めて作った剣らしきものを鞘から引き抜く。


「効果は無いか、ならこのメイスで核を叩けばいいかな」


 そう言ってメイスをスライムに向けて振る。

 スライムの動きは鈍く、剣らしき物体はメイスと当たると砕け散った。


 メイスはそのまま叩きつけられ、スライムの体をえぐる。


「なんだ、弱いじゃない。このまま倒して――」

「太陽を墜とせ」


 エルザの手が止まった。

 アレクシアやカズサには何も聞こえていない。


「太陽を墜とせ」

「な、んでスライムが。あの子達の一部を取り込んだからか」


 エルザは虚を突かれたが、慌ててメイスに力を込める。

 すぐに核に届き、触れただけで砕ける。

 どうやらスライムが吸収するにはあまりにも大物過ぎたのだろう。


「言われなくても、それが私の役目だから」

「太陽を――」


 スライムはそこまで言って消失した。

 エルザは創世王教のロザリオを掴む。


「分かってるって。その為に屍がどれだけ積まれているのかも。その屍が私を見ている事もさ」


 誰にも見えない様にして、エルザは唇をかむ。何かを堪える様に。

 敵が居なくなると、地面から宝箱が湧く。


「わっ」


 カズサが驚いてアズを抱えて後ずさる。


「ほんとビックリした。宝箱か」

「これが戦利品、という訳ですわね」

「だねー」


 エルザはもう元通りに振る舞っていた。

 宝箱を開けると、中身はオーブだった。


 他には金銀財宝が詰まっている。


「おー、分かりやすいね」

「これを持って帰りましょう。長居するとあんまり……」


 アレクシアがそこまで言った後、蒼騎士が最初と同じ場所に佇んでいた。

 どうやら、血騎士が居なくなっても復活するらしい。


「ほら、言ってる場合じゃないよ」

「ああもう! 行きますわよ」


 アレクシアがアズを背負い、カズサが慌てて宝箱をバッグに押し込む。

 エルザが祝福を全員に施し、慌てて逃げ出す。


 蒼騎士をもう一度倒すと帰る余力が無い。


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