第195話 浴室の中
浴室は何時もと変わらない。
見慣れた家の中の筈なのに、どこか別の場所の様な気がする。
異質なのは、裸のアズが居るからか。
湯船に湯を満たすと湯気で少し見えにくい。
だが、今ヨハネは少しだけ何時もより動悸が早くなっていた。
アズは今椅子に座り、こちらには背を向けている。
服を脱ぎ一糸まとわぬ姿になって。
その背中を今、柔らかいタオルで触る。
花の匂いのする石鹸で泡立て、玉のような肌を磨く。
きめ細やかな肌だった。
闘技場でも裸を見た気がする。
それに以前似たようなことがあった。
アズを買ってすぐに依頼に行かせた時だったか。
目的は果たしたものの、色々とあって泣いてしまったアズの着替えを手伝い、体についた血を流してやった。
あの時から暫く時間が流れたなとしみじみ思う。
裸を見ても何も思わなかった筈なのに、今はアズは異性である事を意識している。
アズの背中はまだヨハネに比べて小さいが、あの時より大きくなった。
傷もない。
目が良い上にあの敏捷性だ。
滅多に傷を負わないし、腕のいい司祭であるエルザも付いている。
十分に肌を綺麗にし、湯で流してやると美しい肌がハッキリと目に付いた。
(目に毒だな)
年頃の健全な男性であるヨハネからすれば、美しい少女であるアズの肌に手を触れたいと思うのは無理もない。
「ほら、背中は綺麗になったぞ」
「ありがとうございます。あの……」
アズが顔だけこちらに向けると、紅くなっていた。
この状況が恥ずかしくなってきたのだろう。
だがアズが恥ずかしがると、余計にヨハネも意識してしまう。
長い銀髪を少し時間をかけて丁寧に洗ってやる。
1人では手間がかかるだろう。
「ほら」
そのままの状態でアズの身体をタオルで磨く。
流石に前に移動してしまうと理性が保てない気がした。
手や足をタオルで拭ってやる。
アズは抵抗もせずなすがままに受け入れている。
信頼されているのだろう。
あるいは、どうされても良いと考えているのか。
湯で石鹸の泡を全て流し、アズを湯船に浸からせる。
そこでもういいだろうと戻ろうとしたら引き留められた。
「どうせなら、最後まで居てください」
仕方ないので椅子に座って一緒に居てやる。
不思議な時間だった。
アズが少し動くと湯がチャプチャプと音を立てる。
それがどうしようもなく想像を掻き立ててしまう。
「……なぁ」
「はい。なんですか?」
「アズは何かやりたいことがあるか?」
沈黙が続くほどより意識してしまうそうで、ヨハネは口を開いた。
それに、最近深い話はしていなかった気がする。
モチベーション管理も仕事の1つだし、良い機会だと思う事にした。
「やりたいこと、ですか? そうですね」
アズはそう聞かれて、天井を見上げる。
長い銀髪が湯の中でゆらゆらと重力から解放され漂っていた。
「役に立ちたいです。ご主人様の」
「そういう事じゃないんだが。例えば本を読みたいとか」
そう言うヨハネに対し、アズは浴槽から身を出す。
上半身が露わになった。そのままヨハネの方へ向く。
湯気ではっきりとは見えていないが、ヨハネは再び動悸が速くなるのを感じた。
「賢くなった方が良いなら、そうします。強くなった方が良いなら、そうします。私の人生はもうご主人様のものです。だから」
アズとの距離が近い。
心臓の鼓動が聞こえるようだ。
自然と、距離を縮める。
あと少しで、唇が触れそうになった瞬間。
「タオル、置いておきますねー」
エルザの声だった。
アズとヨハネは跳ねるようにして顔を離す。
どうやらタオルが切れていたらしい。気を利かせて持ってきたのだろう。
ドッドッドッ、と脈の流れる感触が感じられた。
アズを見てみると、茹でたように真っ赤になっている。
顔だけではない。全身がだ。
同じくらい、恥ずかしいのだろう。
まだ子供だ。何をやっているのだと深呼吸し、立ち上がる。
もう十分だろう。
「じゃあ、先に出るぞ」
「あ、なら私も」
そう言ってアズが立ち上がると、少しのぼせたのかふらつく。
ヨハネは手を出して支えてやると、こちらへと身を預けてきた。
抱きしめてふらつかないようにしてやる。
先ほどまでの雰囲気であれば理性が危険だったが、今はもう少し落ち着いているので問題ない。
「大丈夫か?」
「……はい」
アズの返事を聞き、そのまま浴槽から出た。
やはり少しのぼせているようで、ボーっとしている。
仕方ないので、エルザが持ってきた大きめのタオルでアズの濡れた体を拭いてやる。
長い髪は水気を落とすのが大変だった。
流石にヨハネが下着を手に取った辺りでアズもようやく頭が回り出したのか、それを受け取って自分で履く。
部屋着のシャツとハーフズボンも身に着けたので、ヨハネはようやく一息ついた気分になる。
「もう遅いし、早く寝ろ」
「分かりました。おやすみなさい。また明日」
「ああ、また明日な。お休み」
そう言ってヨハネが浴室から立ち去ると、アズはなんとなく壁に体重を預けて小さく息を吐く。
「ご主人様の、意気地なし」
誰にも聞こえない様に小さく呟くと、アレクシアやエルザの居る奴隷部屋に向かう。
部屋に入るとアレクシアは綺麗な姿勢で寝ていた。
エルザは何か書き物をしている。
先ほどはあと少しだったのだが、文句をいう訳にもいかない。
アズが入ってくると、もう良い時間だからとエルザは作業を切り上げて蝋燭の火を消す。
何時もよりずっとうるさい心臓の鼓動が収まるまでその日は寝付けなかった。
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