第190話 市場の変化

 店を閉めて従業員を帰らせる。

 慌ただしかったので仕事自体はまだある。

 帰らせずに仕事させた方が楽だが、余計な賃金が発生してしまう。


 店の主としてはこういう時に苦労するのは仕方ない。

 一日の締め作業を終わらせていく。


 今日の売り上げは随分な額だ。

 店の増築をする前の2倍近い。


 何が売れたのかを確認すると、幅広く買われていたが真っ先に売れたのは旅に関する道具や消耗品、食料だった。


 特に冒険者がよく買うので、在庫を確保している携帯食糧が売り切れるのは珍しい。

 足袋や旅用の袋まで軒並み残ってない。


 ある程度の品物は明日の朝に納品されるので、足りないものを追加発注すれば良い。

 だがこちらから足を運ばないといけないものも多い。


 普通はここまで売り切れることは無い。

 棚もスカスカだ。

 1人で全部やるのは骨が折れるだろう。


 しかしアズ達が居る。


「倉庫にあるのはこれで全部です」


 アズとエルザが箱を抱えて売り場にきた。

 それをそのまま並べて貰う。


「割と在庫は確保する方なんだが、見事に売り切ったな」

「ですねー。まさか帰宅してすぐ聖水を作らされるとは思わなかった」

「在庫を持ってきたら奪い取られるように持っていかれて怖かったです」

「殺気立った客はちょっとな」


 アズは冒険者としての仕事より疲れました、と続ける。

 エルザも途中から聖水をひたすら作っていたので、椅子に座ってくつろぎ始めた。


「アレクシアは?」

「えーと、アレクシアさんは台所で」

「呼びました?」


 アレクシアが具を挟んだパンを皿に盛って持ってくる。

 どうやら手が空いた時に作っていたようだ。


「まだ休めないと思ったから準備してきましたわ」

「助かるよ」


 片手で摘まめるサイズにカットされていて、仕事をしながら食べられる。

 山盛りにされたパンがみるみるうちに減っていく。


「美味しいです」

「まぁ、これ位はね」

「空腹に染みるー」


 空になった皿をアレクシアが片す。

 ようやくヨハネの仕事も片付きつつあった。

 事務作業はアズには手伝えないので、近くで見守る事しかできない。


 エルザは柱を背にしていつの間にか眠っていた。

 呼吸で胸が上下している。


「もう寝てても良いぞ」

「そう、それじゃあお先に失礼しますわ」


 アレクシアがエルザを起こして、寝ぼけたまま連れて行く。


「ん~」


 寝惚けたエルザがアレクシアにキスをしようとしたが、アレクシアの右手がエルザの顔を抑える。


「ほら、寝るならベッドにしなさいな」


 アレクシアが腰を掴んでグイっと押す。

 エルザの足がフラフラしながら移動していく。


「アズも寝たらどうだ?」

「いえ、何もできませんけど起きてますよ。あ、飲み物用意してきますね」

「分かった」


 アズはそう言うと奥に引っ込む。

 帳簿を書き終え、金を金庫に片づける。


 金を移動する時に袋に入れたがズシリと重い。

 うちへの支払いでは滅多にない金貨もある。


「凄い額だな。毎日これなら大したもんだ」


 思わず1人で呟く。


 ここから更に増やすにはもう店自体を大きくするしかない。

 キャパシティの問題だ。


 今日とて、店の品物がもっとあって捌ければ更に売り上げを伸ばせただろう。


 まぁ、これだけ売れたのだから明日は控えめになる可能性は高いが。


「お待たせしました」


 アズがガラスのコップを2つ持ってくる。

 中身はいつものリンゴ酢を薄めたものだ。


 適度な酸味と甘みが疲れた体に染みる。


「美味いな」

「ですね」


 飲みきったコップはアズが片す。


「何でこんなに客が来たんだろうな。新しい迷宮でも出来たのか?」

「いきなりでしたもんね。明日冒険者組合に行って調べてきますね」

「そうだな、頼む」

「はい」


 流石にアズも眠そうにしている。

 しかしヨハネが起きている限り、眠ろうとはしないだろう。


 ヨハネにもそれは分かる。

 今はアズにとっては眠る事が一番の報酬になる。


「明日の朝も早いし、もう寝ようか」

「えと、はい」


 アズには珍しく反応が遅かった。

 灯りを消し、アズを連れて奥に移動する。


「それじゃあ、おやすみなさい」

「ああ、お休み。また明日な」


 奴隷部屋にアズが入っていく。

 エルザとアレクシアはもう寝入っているようだ。


 ヨハネも自分の部屋に戻ると、疲れ切っていたのを自覚しベッドに倒れ込む。

 そのまま即寝てしまった。




 次の朝、ヨハネが揺すられて目を覚ます。

 どうやら眠りすぎたようだ。


「ほら、もう起きる時間ですわよ」


 アレクシアが起こしに来た。

 そういえば早く寝ていたので、起きるのが早かったのだろう。


「ああ、もうそんな時間か」

「私にはお店の事は分かりませんけど、色々とやる事があるのではなくて?」

「まあな」


 アレクシアが木の桶に魔法で水を入れ、火の魔法で温める。


「これで顔を洗いなさいな」

「助かる」

「これ位は大したことではないですわよ」


 温かいお湯で顔を洗い、目を覚ます。

 差し出されたタオルで顔を拭くと、ようやく思考がハッキリしてきた。


 窓を見ると明るい。

 そろそろ卸から納品される時期だ。

 馴染みの業者だから鍵も渡してある。

 倉庫に勝手に納品してくれるのだが、今日は追加発注もあるので顔を出さなければ。


「あの」


 アズが部屋に入って来る。


「どうした?」

「業者の人がご主人様に会いたいと」


 アズから話を聞いてすぐ着替え、店の外に出ると納品を終えた業者がヨハネを待っていた。


「どうも。綺麗なお嬢さんですね。住み込みの手伝いですか?」

「まぁ、そんなもんだ」


 適当に誤魔化す。

 奴隷と言っても構わないのだが、奴隷だからとアズ達が下に見られても嫌だ。


「それで、どうした? 用があったから助かるが」

「えーと、ですね。じゃあこっちからお伝えしますね。次から少し値上げしますが同じだけ納品しますか?」

「頼む」

「お、そうですか。良かった」


 値上げの話だった。

 そのまま飲む。

 ここが値上げするなら他も同じなのは分かっている。


 それなら付き合いのあるここを継続した方が今は良い。


「ちなみに理由は?」

「需要が増えたのと、後は連合国から仕入れが難しくなってきたんですよね」


 太陽神教のお膝元、太陽神連合国。

 弱小国家群が集まっていた地域を太陽神教がまとめてあげて、1つの国にした新興の国だ。

 

 帝国や王国でも色々と貿易を行っている。

 太陽神教と王国との関係が悪化している事が関係しているのだろうか。


「そうか。ちなみに追加は頼めるのか?」

「ええ、大丈夫ですよ」


 卸業者に追加発注を依頼し、見送る。

 


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