第187話 フィンから聞いた話

「ところで」

「なに?」


 食事も終わり、後片付けも殆ど終了した。

 借りた道具は明日の朝、出発前に返すことになっている。


 そろそろ宿に帰ろうという雰囲気になってきた頃、ヨハネがフィンに尋ねる。


「何の用事だったんだ? ただ遊ぶために追いかけてきた訳でもないだろうし」

「思ったより息抜きにはなったわ……。そう言えば言ってなかったわね」


 フィンは懐から手帳を取り出す。

 もう太陽は落ちきってしまったので、アレクシアが魔法で周囲を照らしている。


 何枚かページをめくり、目的のページに辿り着いた。

 周囲を見渡し、鈴を鳴らす。


 どうやら鳴らすことで声が遠くに響かない様にする魔道具らしい。

 密談には持って来いだ。

 ちょっとほしい。


「まず一つ。王国内で太陽神教の教会の新設が禁止されたわ。あんたの都市の事件からずっと枢機卿の一人と王国の内務卿が折衝してたみたいだけど、ほぼ確定ね」


 驚いた。

 王国内でほぼ国教のような扱いを受けていた太陽神教だったが、王国側はかなり大胆な手段に出たなと思う。

 大臣クラスにも信徒がいるという話も聞いた事がある。


 かなり確証がある証拠でも手にしたのだろうか。


 もしあの銅像を止められなければ、太陽神教の工作で真相は隠されていた可能性が高い。

 銅像が暴れた後、魔物が現れたとでも言えばあの時点での教会の影響力なら通せていた可能性がある。


 徴税官のジェイコブが来たのは明け方だったので、深夜のうちにもしかしたら都市が一つ消えていたかもしれない。


「流石に信仰の禁止は無理だったみたいね。影響が大きすぎるし、司祭や聖職者を街から追い出す訳にもいかないから。それに信徒を増やすのは簡単だから弾圧しても効果が薄いんじゃないかな」

「なるほど。まずジェイコブが報告を上げてくれたのが大きかったのかもな」


 代官の息子と太陽神教が密接な関係になり、悪事を企んだのだ。

 王国としては頭が痛いだろう。


 地方になるほど教会の影響は大きい。

 それに代替しようにも太陽神教の台頭で他の宗教は軒並み衰退している。


 創世王教などが分かりやすい例だ。


「二つ目は太陽神教の中で色々と揉めてるみたい。太陽神教のお膝元で影の人間が雇われて色々とやりあってるわ。教皇派と大司教派に分かれて、ね」

「……あそこは一枚岩だと思ってたんだが」

「無理でしょ。あんなに大きな組織、殆ど国みたいなものだし」


 太陽神教の信条は太陽神がやがてこの地に訪れ、太陽神へと祈った者すべてを救済するというものだ。

 その為に多くの祈りが必要であり、信徒を増やすのが目的だと触れ回っている。


 宗教としては非常に分かりやすい。

 神への信仰があれば奇跡を行える聖職者にも人気が有り、その影響を広げていった。


 そして創世王教と衝突したのだ。

 結果的に国が一つ滅び、最恐の迷宮と化した。


 ルインドヘイム。灰の国。灰王の城。

 カタコンベは消滅したが、あの城は健在だ。


 難攻不落の迷宮として長らく存在している。


 過去の文献には太陽神教が直接どこかと争いがあったという記録は載っていない。

 だが、灰王やエルザの証言から間違いない。


 灰の国との戦いで恐らく一度衰退し、やり方を変えて再び勢力を伸ばしたのではないだろうか。


「三つ目。まあこれはついでだし、あんたもすぐに耳にすると思うけど」


 フィンは更にページをめくる。


「大陸最大のオークション、トライナイト・オークションが開催される事になったわ」

「ああ、あれか。数年前に色々と揉めてしばらく開催されてなかったな」


 一番の目玉だった水竜の牙が偽物にすり替わっていて、大いに揉めたのは覚えている。

 オークショナーが激怒して事態の解決を図ったらしいのだが、店を継いだばかりだったのもありあまり詳しくない。

 暫く噂になったものだ。


「犯人がようやく捕まったらしいわ。ブツも回収できて面目が立ったんでしょうね」

「水竜の牙か……金貨3000枚だったか?」

「3万枚よ。普通の水竜じゃないわ。長く生きた大物よ。あの竜殺し覚えてる?」

「大会の……アルリッヒだったか?」

「そう。あいつが仕留めた竜の素材。老成した竜なんて、ほぼ精霊みたいなもんよ。会うのも難しいのに狩るなんて以ての外なんだけど」


 今思い出しても同じ人間とは思えない。

 アズやエルザも戦いの際は人間離れした動きや力を見せることがあるが、あれは桁が違う。


「確かにそれは大きなニュースだが、わざわざ買うものも今のところないぞ」

「土の精霊石が出品されるって噂があるわ」

「なに?」


 精霊石。

 最近妙に縁がある。

 水の精霊が無理やり精霊石にされそうになり、それを止めた。

 火の精霊石は火の精霊に戻ったのを見たのを覚えている。


「それは……大丈夫なのか?」


 精霊を怒らせれば都市の1つが容易く消える。それだけの力がある。

 オークションで販売するなど、怒りに触れるのではないか。


「それがね……土の精霊との契約って話よ」

「契約? 契約でオークションで売られるのか?」

「詳しくは聞かないでよ。噂話なんだし」


 ヨハネが更に聞こうとすると、フィンが押し止める。


「ま、ここまで話す気は無かったけど、御飯もご馳走になったしサービスよ」


 フィンはそこまで言うと、暗がりに移動する。

 どうやら行ってしまうようだ。


「じゃ、またね」


 そう言ってフィンは闇に消える。


 精霊。

 今縁あって水と火の精霊が力を貸してくれている。

 アズが得たという創世王の使徒の力の為には他に土と風の精霊が必要らしいのだが……。


 精霊石ともなれば間違いなく目玉商品だ。

 とても買える気がしない。


 ただ、一目見るのは良いかもしれないなと思った。


 アズ達を連れて宿に戻る。

 バカンスはこれで終わりだ。


 明日からはいつもの日々へ。また日常に戻る。



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