第179話 オクトパスとの対決

 アズの右目の色彩が蒼から虹へと変化していく。


 両手で剣を握りしめ、魔力を籠めつつ大きく左肩の方へと振りかぶった。

 アズの口から呼気が漏れる。


 鋭く息を吐いた瞬間、剣を振り下ろした。

 剣先が直接触れずとも、剣の効果により斬撃がオクトパスへと向かう。


 空中からアズを押しつぶそうとしたオクトパスは、危機を感じ咄嗟に腕の一本を壁に叩きつけて方向転換を試みる。


 その直後、見えない斬撃がオクトパスの腕を3本根元から切り裂いたうえで天井に衝突し斬撃の痕が残った。


 残った5本の腕を巧みに使い、オクトパスは地面に着地する。

 しかし、既にアレクシアが魔法を溜めてその瞬間を狙っていた。


「相手が悪かったですわね」


 そう言って、巨大な炎を放つ。

 火のブローチが輝き、魔法に更なる強化を行う。


 オクトパスは足元の海水を残った腕で汲み取り、アレクシアの魔法へとぶつけた。

 その瞬間、海水が蒸発して水蒸気が洞窟内を包む。


 巨大な炎は海水による迎撃では消えず、オクトパスの頭を焼く。


 焼けた音を聞きながら、アズはもう一度剣を構えた。

 以前よりも力が馴染んでいる。力に振り回される心配は無さそうだった。

 水蒸気で視界は悪いが先手を取る為に前に出る。


 すると、大きくダメージを受けたオクトパスの姿が見えた。

 トドメを刺す為に頭上へと剣を向け、走った勢いのまま上から下へと剣を振り下ろす。


 オクトパスは残った腕のうち2本を洞窟を支える柱に巻き付け、体をそちらへと移動させた。


 アズの剣は空を切るが、すぐさま移動したオクトパスを追いかける。

 オクトパスは移動したばかりだ。


 それに近くに移動できそうな柱もない。


「これで!」


 トドメを刺す為に剣を突きそうとしたが、その直前にオクトパスの腕が巻き付いていた柱が崩れ、地面が陥没する。


 どうやらこの洞窟の地盤はかなり緩かったようだ。


 足の踏み場が消失し、如何に能力が強くなろうと物理法則は無視できない。

 アズとオクトパスは少しばかり浮遊し、洞窟の地下に落下する。


 そこは壁に覆われた空間で、周囲の海から海水が流れ込む場所だった。


 つまり、必然的にアズは海水の中に叩き込まれる。


 オクトパスは海水に入ると、次第に傷が癒え始めた。

 クラーケンほどではないが海の中では再生能力がある。


 腕もあまり時間を掛ければ生え直すだろう。


 アズは海水に入る直前に大きく息を吸っていた。

 この空気が無くなる前に倒す必要がある。


 オクトパスは長い腕で海水の中を高速で移動し、アズへと迫る。

 アズが剣を振ると、いとも簡単に回避して腕を叩きつけてきた。


 右から叩きつけられるオクトパスの腕を、強引に殴り返す。

 今のアズなら力負けしていないが、環境は向こうの味方だ。


 動けば動くほど酸素を消費してしまう。


 もし呼吸の為に海面を目指せば、アズの足をオクトパスが掴んで勝負がつくだろう。


 アズは心の中で水の精霊に呼びかける。

 力を貸してほしいと。

 了承されたという感覚がした後、オクトパスの動きが止まる。


 水の精霊の力だろう。

 アズはその場で再び封剣グルンガウスに魔力を籠める。

 2度目を放てば戦う体力は残らないが、オクトパスが再び動けば同じ事だ。


 剣を振るい、効果を発動させた。


 水をかき分けながら斬撃がオクトパスに届いた瞬間、その体が引き裂かれていく。

 その光景は眺めているアズですら驚くほど凄まじい威力だった。


 バラバラになったオクトパスを尻目に、アズは空気を求めて海面を目指す。

 力を使いすぎたのか、思うように力が入らない。あと少しなのに呼吸が苦しくなる。


 すると、海面から誰かがアズの腕を握り引き上げた。


「ふぅ。生きてますわね」


 アレクシアだった。

 アズを追いかけて降りてきたところ、丁度アズを見掛けて引っ張り上げたのだ。


「ごほっ、ありがとうございます」

「その様子だと倒せたかしら?」

「はい。なんとか」


 アズはアレクシアの腕につかまって脱力している。


「大した能力だけど、やっぱり過ぎた力かもしれませんわね」

「あはは、ごめんなさい」

「まあ、一蓮托生ですわ。気にせず頼りなさいな」


 アレクシアは風の魔法を応用して、体を軽くすることで海面を浮いている。

 アズを抱えていても溺れる心配は無かったのだが、周囲を見てため息を付いた。


「見事に壁ばかりですわねぇ。エルザが回復するのを待つしかないかしら」

「海中を見てみますか?」

「抜け穴か何かがあればそこから、か。悪くはないですわね」


 アズとアレクシアは体を抱き寄せる。

 水の中では体温が奪われ続けるからだ。


「泳ぐ位なら大丈夫そうです」

「無理はダメよ。足手纏いになるから」

「分かってます」


 2人で息を吸い、海中に潜る。

 水の精霊による補助で水中の移動速度が速い。


 息が切れそうになれば、アレクシアが指先から空気を生み出してアズに咥えさせて息継ぎをする。


 海底には船があった。

 それほど大きくはないものの、どうやってここに辿り着いたのかは分からない。


 船はかなり痛んでいたが、どうやら穴をふさぐようにして沈んでいた。

 船の中に入ると、箱がいくつかある。


 中身が気になったものの、まずは此処から出ることが先決だった。

 海中の為喋れず、ジェスチャーでアレクシアが意思疎通を試みる。


 魔法で船を壊して、穴を通る。


 アズはそう読み取り、船から離れた。

 それからすぐ、水と風の魔法が船の中から炸裂して船が破壊された。

 すると、船が塞いでいた穴が露わになる。

 それと同時に、一気に海水が外へと放出されていく。

 アレクシアが船の外に出てすぐの事だった。


 どうやら船が弁になっていたようだ。


 凄まじい勢いに抗えず、アズとアレクシアは咄嗟に手を握り身を屈めた。

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