第177話 洞窟の中で
アズ達は小さな船に揺られて移動する。
船は熟練の船乗りが2人で漕ぎ、目的地へと向かう。
服装は戦闘に備えて冒険者としての装いを整えていた。
それだけで気の引き締まり方も違ってくる。
アズは剣の鞘を撫でた。ヨハネの前ではああ言ったが不安が無い訳ではない。
だが一度相対した感じ、多少不利な状況でも勝算は十分ある。
気を付けるとすれば逃げられる事と、海の中に引きずり込まれる事か。
そう考えていると、水の精霊が出現した。
アズが水の精霊に手を伸ばすと、手のひらの上に乗る。
どうやらそうなっても心配するなと伝えたかったらしい。
なんとなくではあるが、精霊の気持ちが伝わってきた。
「ありがと」
小さな声で感謝を伝えると、水の精霊はスッと消える。
アズの中へと戻ったのだろう。
「仲良くなってるみたいですわね」
「はい。とても力を貸してくれてます」
「私としては少し寂しいですけど、相性もあるのかしら」
元々水の精霊と仲が良かったのはアレクシアだった。
とはいえアレクシアの中に水の精霊が住むことはできない。
アズの右目が特別だからこその奇跡だ。
その証拠に、たまにアレクシアとも水の精霊は触れあっている。
エルザに関しては、好きでも嫌いでもないという様子だった。
「もうそろそろだ」
舟を漕いでいた船乗りの一人が口を開く。
波が少し荒れて来ていたが、それをものともせずに舟が進む。
目的地である離島が見えてきた。
話は聞いていたが確かに島と考えると小さい。
洞窟以外は多少草木がある程度で、ある程度近づいても端が目視できる。
「あのクラーケンが今日ここに戻るかは分からん……一日様子を見て二日後の朝にまた来る」
船乗りはそう言ってアズ達を船から降ろし、島から離れていった。
ここは陸地から泳いで1時間以上は掛かる。
時間まではここで過ごすしかない。
アズ達は一旦その場から離れ、洞窟の近くに移動する。
ヨハネが準備したバッグには数日過ごせるだけの物資が入っていた。
「三日は過ごせますねー。相変わらずというか」
「この辺の周到さは評価しますわ。実際助かりますし」
「ですね。物資の心配をしたことは一度もないです」
普通冒険者という職業は物資に関しては常に気にしなければならないと聞いている。
中堅でようやく余裕が出てきて多少多めに用意したりできるらしい。
多く用意しすぎると足が出てしまい儲けに響く。
ヨハネの準備する物資等は上級冒険者並みのサポートだ。
最初の頃は確実に赤字だっただろう。
アズは銀貨を投げられたことを思い出す。
アズとヨハネが2人きりだった時だ。
あの頃はまだ心を開くことが出来ず、しかし頼りにするしかなかった。
ヨハネもアズを信用して良いのか迷っている様子で、お互い手探りのような感じだった。
それでも、ヨハネはアズが生き残る為に様々な事をしてくれた。
初めて持たされたバッグには必要なものが全て入っていたのを覚えている。
アズの身を守るためか優れた武器を用意し、防具を買い、母親の形見である火の魔石まで持たせて。
「期待の証だと思います。頑張りましょう」
「そうですわね。私達にお金が入る訳ではないけど、ご主人様が儲ければ暮らしも良くなるわ」
「割と良い暮らしさせてもらってますからねー」
奴隷としての会話とはあまり思えないなと自分でも思う。
違う人間に買われたらどうなっていたのだろう。
死ぬまで飢えながら働かされていたのだろうか。
それとも……。
アズはそこで考えるのを止めた。
無駄な想像だ。
ヨハネに買われて今がある。それで良い。
島は妙な匂いがする。
卵が腐ったかのような匂いだ。
エルザが念の為浄化の奇跡を行う。
「んー、多分毒とかじゃなさそう。ただ吸いすぎるて悪影響があるといけないから定期的に浄化しておくね」
「お願いします」
アズは剣を抜き、ゆっくりと洞窟の中へ進む。
アレクシアも戦斧を右手に持っていた。
岩場が多く、バトルドレスを着るアレクシアは服が引っかからない様にしていて少し歩きにくそうだ。
「はぁ、この趣味だけはやめさせたいですわね。こういう場所だと動きにくいわ」
「良く似合ってるのに」
「ドレスは女の戦闘服とは言いますけれど、それはあくまで比喩ですわ……普通のドレスよりはまだ動けますけれど」
靴は流石にヒールではないものの、ドレスで戦場に出る元貴族なぞ聞いた事がない。
それが奴隷でも。
だが皮肉というべきか、アズから見ても非常に似合っている。
戦場の華とでも言うべき程に。
紫のドレスは夕日に映えていた。
洞窟の地面の一部が少し海水に浸っている。
水気の少ない場所を選んで歩き、アレクシアの照明の魔法で洞窟を照らしてもらう。
洞窟は意外に広かった。
あのクラーケンが住んでいるのも納得できる。
気配がないから分かっていたが、クラーケンの姿は無い。
「ここで待てば来るんですよね?」
「確かに食事の痕はありますわね」
「情報が間違ってたら、迎えの船で帰れば良いと思うよ」
アレクシアが指摘する場所には魚の残骸があった。
ここで食べたのだろう。
洞窟の中には身を隠す場所がいくつかあったので、移動してそこで身を隠す。
外は夜になり始めており、照明の魔法を解除すると真っ暗になった。
光が漏れないように岩陰にランタンを置いて、最低限の明かりを確保する。
食事は念の為匂いが漏れないように硬めに焼いたバター抜きのクッキーを齧る。
味気ないものの水と一緒ならそれほど悪くはない。
それからしばらく、洞窟内でクラーケンを待つ。
なるべく体力を温存する為に3人で毛布を被る。
聞こえるのは滴る水の音か、波の音だけだ。
どれだけ待っただろうか。
アズの瞼が重くなってきた頃合いで、音が聞こえてきた。
波が明らかに大きくなっている。
何か大きな存在が近づいてきたかのように。
「来ました」
アズは小さく呟き、剣を構えた。
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