第171話 体が浮く感覚
アズが最初に海に足を入れた時、感じたのは冷たさだった。
ひんやりとしているが、我慢できないほどではない。
空からは温かい日差しが注いでおり、むしろ冷たさが心地よい位だった。
ふと足元を見る。
「地面までよく見える。綺麗な水なんですね」
「この辺りは特に綺麗な海水で有名ですよー。ほら」
そう言ってエルザが両手に集めた海水をアズへ浴びせようとする。
全身がずぶ濡れになるところだったが、持ち前の動体視力であっさり回避してしまう。
結果、アズの後ろに居たアレクシアの顔面に海水がブチ撒かれた。
エルザの顔がまずったという顔になるのをアズは目撃する。
「あ」
「あ、じゃありませんわ。子供のようなはしゃぎ方をして……」
「だってー」
「だってじゃありません!」
そう言って、アレクシアは魔法を交えてお返しとばかりに思いっきり海水をエルザにくらわせる。
余りの勢いにエルザは尻餅をついて腰まで海に使った。
海水が肢体にふりかかり、太陽の光を反射する。
「大丈夫ですか?」
「ん、ありがと」
アズがそう言って右手を差し伸べると、エルザがその手を掴む。
そして不敵に笑った。
アズが不審に思った瞬間、逆に引き寄せられて海にダイブする。
エルザの力にはとっさにはとても抗えなかった。
すぐに立ち上がり、口に入った海水を吐き出す。
相変わらずしょっぱい。
「もー、何するんですか」
「あはは! 気持ちいいでしょ?」
アズが目を拭うと、満面の笑みのエルザの顔が見えた。
「それは、まあ確かに」
まだ海の浅い場所だが、体を横たえると不思議な浮遊感を感じる。
それがゆったりとしていて、心地よい。
「体が浮きますね。なんででしょう? 川なんかだと全然浮かなかった覚えがあるんですが」
「それはねー」
エルザは得意げな顔をする。
だが、答えたのはアレクシアだった。
「塩ですわ。原理は知りませんけど、塩水だと人間は浮きやすいの」
「今私が言おうとしたのに何で言っちゃうの?」
「勿体ぶるからでしょうに」
エルザがアレクシアに抗議して近寄るが、水の中だからゆっくりとした移動だった。
アズはその様子を眺めながら少しずつ深い場所へ移動する。
ヨハネからは余り沖に出るなと言われているので、足が付く場所までにしようと決めていた。
少し奥に行った結果、胸まで海水に浸かった。
息を吸うだけで体が浮く。
波のリズムに揺られて、銀色の髪が海に広がった。
(この波も不思議。どこから来たんだろう)
見た限り、波が発生するような原因は見当たらない。
どういう原理なのか気になったが、折角のお休みに質問攻めにするのもどうかと思い自重する。
しばらく波に揺られていると、少し流されたようだ。
元の場所に戻ろうとすると、エルザがアズに向かって何か叫んでいる。
振り向くと、大きめの波が向かってきていた。
川で泳いだ事もあるので、全く泳げない訳ではないが海は少し勝手が違う。
碌に動く前に大きな波がアズの手前まで来る。しかしその波がアズに届くことはなかった。
寸前で波は緩やかに小さくなり、アズの身体を少し揺らす程度で収まる。
不思議そうに海面を見ていると、水の精霊が出現した。
どうやら水の精霊が波を制御したようだ。
「ありがと」
アズがそう言うと、水の精霊は海にゆっくりと溶け込んでいく。
どうやら海に来て喜んでいるのは水の精霊も同じようだ。
エルザたちの居る場所に泳いでいく。
「ちょっと心配したけど、水の精霊が付いていれば大丈夫だったね」
「アズに関して言えば溺れることもないでしょうね。水に関しては全て味方ですわ」
「そうなんですね。精霊って凄いんだ……」
「水の精霊が起こした事象を見たでしょう? あれに比べればかわいいものです」
水の巨人が歩いていたシーンを思い出す。
確かにあんな大掛かりな事に比べれば驚く事ではないのかもしれない。
「嵐の中にアズちゃんが立つとどうなるんだろうねー?」
「周囲だけ穏やかになりますわね。多分」
「そんなの試したくないです」
怖い想定をされていたので止める。
しばらく海に浸かって少し疲れたので、3人で話して一度陸に上がる為に浅い方へとゆっくりと歩く。
喉も少し乾いたし、主人であるヨハネとも話したかった。
海水の中では動きが制限されて、何時ものような動きは出来そうもない。
せめて膝までは出ていないと、と思っていると何か気配を感じる。
癖で腰に手を当てるが、今は水着だ。
帯剣していない。
「どうしたの?」
「何か嫌な気配がしたような……」
「後ろ!」
叫んだアレクシアは既に魔法を唱えている。
何かが一直線にアズに向かって飛び込んできた。
アズはそれを咄嗟に掴む。
何が飛び込んできたのかと見てみると、鋭い角のような頭をした魚だった。
剣魚と呼ばれる種類の魚。
それが魔物化したものだ。
ぶつかっても刺さるほど鋭利ではないが、少し痛いだろう。
「魔物ですか、これ?」
「多分そうだと思う」
「そーれっと」
アレクシアが体を跳ねさせている剣魚の魔物に小さな火球の魔法をぶつけると、周囲に香ばしい匂いが立ち込める。
こんがりと身が焼けていた。
匂いにつられてアズは頭と尻尾を掴み、一口食べてみる。
「美味しいです……」
「でしょうねー。新鮮焼きたてだし」
「沖から迷い込んできたのかしら? 怪我をするほど危険ではないですけれど」
結局アズとエルザの2人で魚の魔物を食べた。
アレクシアは白い目でそれを見ている。
「せめて陸に上がってから、いえそう言う問題でもないか。はしたないですわ」
そんなトラブルがありつつも、ようやく陸に上がる。
飲み物を買って椅子に向かうと、ヨハネは気持ちよくシエスタしていた。
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