第96話 ジェイコブとの会話

 何時までに来いとは言われていないが、代官を待たせる訳にもいかない。


 準備が出来たので早速俺達は領主の館へと向かう。


 ジェイコブに会う前にアレクシアから貴族に対しての礼儀作法を教わっておく。


「徴税官を兼ねている騎士なら宮廷貴族ですわね。それも自分で足を運ぶなら男爵でしょう。別に王や侯爵と会う訳ではないですから、極端にへりくだらなくて良いですわ」


 なるほど。


「寄り親がいますから、失礼な態度は当然ダメ。聞かれたことにだけ答えればとりあえずは大丈夫です」


 一度牢屋にぶち込まれてからは少し過敏になってしまっている。

 流石にあれは領主の息子が普通では無かったのは分かったが……。


「短気な権力者は慎重に相手をしないと。平民が直接抗議するなんて自殺行為なのよ」


 アレクシアの説教を聞きながら領主の館に到着した。

 ジェイコブの部下達が慌ただしく動いている。


 一人何とか捕まえると、ジェイコブは奥に居ると教えてもらった。


 扉は開けられており、ひっきりなしに人が出入りしている。


「何をしている。早く入れ」


 いつ入ろうかと思っていると向こうから声を掛けてきた。


「失礼します」

「確か広場で会ったな……名前はヨハネだったか」

「はい、そうです。商会長からここに来るようにと」

「ああ、そうだったな」


 書類仕事に忙殺されていたのだろう。

 ジェイコブは書類を机に戻し、右手で眉間を揉み解している。

 少し長い溜息を付いた後、俺に向き直った。


 そこでエルザの姿を見て眉を顰める。

 司祭服に反応したようだ。


 太陽神教の司祭ではないことを説明すると、ひとまず納得してもらえた。

 創世王教の事までは言わなくても良いか。


「銅像の件について詳しい話を聞かせてくれ。最初に発見したのはお前達と聞いた」

「ええと、アズ」


 銅像を最初に見たのはアズだ。

 警備隊の男が銅像に襲われそうになった瞬間に、アズが剣でそれを防いのが最初の遭遇だと聞いている。


 アズは少し緊張している様子だったが、最初からの流れをジェイコブに説明する。


「なるほどな……一応銅像の残骸を調べたが特別な細工などは無かった。だがこれだけの目撃情報があるのだ。流石に事実なのだろう」


 俺も実際に銅像が動いている姿を見なければ、とても信じられない。


「……実はな、太陽神教は最近銅像を設置する動きがある。この街の様に税金を投入してまでは滅多にないが、大きな街では寄付も集まる」

「それは、なんというか」

「ここ最近は平和的な布教をしていると聞いていたのだが、な」


 銅像がもし全部動き出せば収拾がつかないだろう。


「話は以上だ。報告は王国にあげておく。ご苦労だったな」


 そう言ってジェイコブは仕事に戻る。

 これで解放された。


 そのまま領主の館から出る。

 とりあえず家に戻るとしよう。


「これがちゃんとした領主なら報酬でも貰えたのに、残念ですわね」

「まぁ仕方ないさ。今は少しでも金が必要なんだろう」

「あら、意外ですねー。そういうのは欲しがると思ってました」


 アレクシアとエルザは俺の事を何だと思っているのか。


「そもそも領主の後始末みたいなものだからな。とりあえず騒ぎが終わってよかったよ」

「これからどうするんですか?」


 アズからの質問に即答は出来なかった。

 金は稼ぐ。だが次の方針はまだ決まっていない。


「俺も冒険に参加するか」

「えっ……と、本気?」


 アレクシアが驚きで足を止める。


「自分が危ない目にあいたくないから、私達を冒険者にしているのでは?」

「そうだ。だが人手があった方が得をするならそっちを選ぶさ」


 エルザの言う事も最もだ。

 だが戦闘に参加するのは難しいが、荷物持ちとしてなら貢献できる筈。

 以前荷物持ちを必要としていたからな。


「店の増築もあるしな。その間も店は開けるが、住居スペースの出入りは難しいだろう。どうせ宿暮らしになるなら遠征で稼いだ方がましだ」

「お店は閉めないんですね……」


 当たり前だ。店を閉めたら売り上げが落ちる。

 増築すれば要望は多かったのに置けなかった品も置けるようになるし、すぐ品切れになってしまう品の在庫も増やせる。


「呆れますわね……らしいと言えばらしいですか」

「当てはあるんですかー?」

「ない。そもそもこの街に戻ったばかりだ。依頼の物色をする前に見回りを詰め込まれたしな」


 冒険者組合の依頼の物色も出来ていない。

 一発当てるよりは今は堅実に稼ぎたい気分だ。


 疲れには金の増える音が効くからな。


 家に到着し、余り物で食事を済ます。

 奴隷達はやる事もないし休みにした。


「ヨハネさん、これ」


 従業員の1人が紙の束を渡してくる。

 中身は冒険者組合に寄せられた依頼の写しだ。


 早速眺める。

 良い依頼が無ければどこかの迷宮にでも行こうか。


 …………お、これは良いな。


 燃える石を一定量納品すれば金を支払うという依頼だ。

 燃える石は時価で買い取り。一定量毎にそれとは別に金が貰える。


 この手の依頼は、量を集めるときにしばしば使われる方法だ。


 市場で欲しい資材を大量に集めようとすると、その最中で値が上がってしまう。

 中にはつり上げを狙う人間も出てきて、高くつくことがある。


 市場で集めつつ、こうして冒険者にも集めさせることで合計金額を安く済ませるのだ。


 こういう依頼はちゃんとした大商人が一枚噛んでいることが多いので支払いも安心してよい。


 丁度以前アズを行かせた渓谷が出入りできるようになったし、これにしても良いかもしれないな。


 ふと確認した依頼人は、帝国の貴族だった。


 この街は帝国の国境と近い。

 冒険者組合は国ごとに依頼を分けてはいないので、偶にこういう事がある。








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