第90話 真夜中の討伐戦

 二度目の合図が空に送られ、半鐘が再び鳴り響く。

 これでほかの地区からも人が集まるだろう。


 冒険者達が銅像に向かって各々武器を構え、銅像の手前にはアズが立っている。


 アレクシアを含め、魔導士達は前衛に当たらない様にしながら銅像に向けて魔法を撃った。

 だが、殆ど効果が無いようだ。

 金属でできた体には表面しか傷つけられず、痛みが無いようだった。


 しかしアレクシアが長い詠唱を行った魔法だけは銅像も気にしている様子がある。


 銅像が錫杖を大きく振り上げた。

 アズは剣を構えながら銅像を見る。


 エトロキよりも更に大きい。

 武器の違いはあるが、力はエトロキと同じかそれ以上はあるな、とアズは感じた。


 錫杖が振り下ろされる。


 魔導士達が明かりの魔法で周囲を照らしている為、軌道まではっきりと分かる。


 アズは念の為大きくかわすと、その直後に錫杖が地面に叩きこまれた。

 衝撃の音が広場に鳴り響く。


 煉瓦で舗装されていた広場の地面が大きく砕け、錫杖がめり込んでいる。


(音で耳がどうにかなりそう)


 アズは武器から手を放せず、耳に手を当てる余裕は無かった。

 体勢を整え、アズは剣を構える。

 銅像の後ろでは、以前アズを助けてくれた冒険者が大斧を持って近づいている。


 銅像が錫杖を地面から引っ張り上げると、パラパラと煉瓦の欠片が落ちた。


 その隙だらけの背中に、冒険者が大斧を叩きこんだ。

 金属同士が接触する甲高い音と共に、大斧が弾かれた。


「硬い!」


 冒険者の悲鳴じみた声が聞こえた。

 アズの方からは銅像の背中が見えないが、大斧での攻撃による効果は薄かったようだ。

 銅像は錫杖を両手で握り、後ろへと振り返る。

 振り返る勢いのまま錫杖を横に振った。


 冒険者が大斧で錫杖の攻撃を防御するが、そのまま大きく吹き飛ばされて屋台の店へと突っ込んでいった。


 冒険者の仲間の魔導士が牽制の為に水の魔法を放つが、銅像にはほとんど効果が無い。


 だが、意識はアズから外れたようだった。

 アズは口を少しだけ開けて息を吐く。


 呼気が白く空に浮かぶ。


 なるべく音を出さず、剣を振った。


 生物ではない銅像の五感がどこまであるかはアズには分からなかったが、注意するに越したことは無いと判断した。


 封剣グルンガウスに魔力を込める。


(多分、この剣なら大丈夫)


 エルザの祝福で増した力を込めて、まずは足を狙う。

 右足の膝へ向けて斬る。


 剣がアズの魔力に反応し、その効果を発揮した。

 剣の攻撃そのものは大斧と同じく弾かれたが、剣の効果により銅像の一部を削る。

 アズの予想通り、銅像の防御を抜けた。


 しかし安堵する暇はない。


 銅像はアズの居る方へと右手を拳にして振り抜いて来た。

 アズは顔を後ろにそらして回避する。


 髪が僅かに拳に触れたのか、空にちぎれた毛先が舞った。

 風圧で髪や服がたなびく。


 回避するついでに銅像の右手を斬る。

 剣は弾かれるが、魔力を込めた分だけ銅像に傷が入る。


 銅像が右足を地面に叩きつけた。

 声を出すことはできないが、その表情を見れば何を思っているかは明白だ。

 強烈な殺意と怒り。


(神様の像じゃなかったの?)


 アズは疑問を抱きつつ、一旦後ろに下がる。

 丁度そこにはエルザが居り、アズの右肩をエルザの左手が撫でた。


「ふふ」


 かすかな声だけがアズに聞こえた。

 エルザが銅像へと向かう。


 アズが下がった後、冒険者達が銅像の周囲を囲んで攻撃しているが、表面に多少の傷をつけるのが精一杯のようだった。

 ダマスカス鋼が含まれている銅像の身体は鋼の武器でも強度で負ける。


 武器が欠けている者も出てきた。


 その上で銅像の動きは決して遅くはない。

 大振り且つ行動の予兆が分かりやすいのだが、その力が異常だ。


 大男の冒険者が銅像とぶつかるが、力負けしている。

 最初は多少拮抗していたのだが、少し錫杖と触れた瞬間に一気に負け始めた。


「祝福が消える! どうなってるんだ!」


 腕を掴まれ、大男の冒険者が投げ捨てられた。

 それだけで掴まれていた腕が骨折している。


「くそ、いてぇ」


 エルザがその大男の横を通る際、癒しの奇跡を施した。


「すまねぇ」

「ええ」


 大男の腕が癒され、再び武器を握る。

 エルザは祝福を周囲の冒険者にかけながら、メイスを地面に擦りつつ銅像に向けて歩いていた。


 周囲の冒険者達が薙ぎ払われ、魔法による包囲が途切れた瞬間、銅像とエルザが相対する。


 銅像の口が開き、何かを言おうとしたようだ。

 しかし銅像である為か変わらず声は出ない。

 エルザはメイスを両手で握りしめる。


 そして、顔を僅かに見上げて銅像の顔を見た。


「怒った? 私はもうずっと怒ってる」


 銅像が錫杖を振りかぶり、エルザへと向かって振り下ろす。

 エルザはそれを回避することなく、正面から錫杖へメイスを叩きつけた。


 空間が震えるほどの衝撃音が広場に響いた。


 エルザのメイスが弾かれたが、銅像の錫杖も同時に弾かれていた。

 その衝撃でエルザが数歩下がる。


「相殺したのか!?」


 周囲の驚きの声がアズに聞こえる。

 エルザが見た目とは異なり相当な力があるのはアズも知っていたが、これほどとは思わなかった。


 主人がエルザに用意したメイスは頑丈さだけが取り柄のものだ。

 その証拠に、今の衝撃でも曲がったり欠けても居ない。


 エルザが再び前に出て、銅像と正面から打ち合い始めた。


 他の地区の見回りに行っていた冒険者達が広場に合流する。

 警備隊の姿もちらほらと見え始めた。


 だが、とても並の戦力では割り込めない。


 遠距離から攻撃できる魔導士やアズを含めた前衛数人だけが、エルザに意識が向いた銅像に攻撃を加える。

 中には弓矢による射撃を行う者もいる。

 弓矢が当たっても効果が無いが、銅像の意識を逸らす効果はあった。


 エルザの祝福は銅像に触れてもかき消されない。


 銅像の傷が増え始めていく。

 アズの攻撃による箇所ばかりだ。


 アレクシアの長く溜め込んだ魔法が銅像の肩に当たり、ついに当たった場所を僅かだが溶かす。


 アレクシアがガッツポーズをしたのをアズは目撃する。

 銅像は恐ろしい強さだが、しかし勝ち目はあるとアズは思った。





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