第75話 2回戦、開始
宿に戻る前に公衆浴場に行って、汚れと疲れを落とす。
主人は先に出ると市場に寄って先に宿に戻り、炊事場を借りて食事の準備をしておく。
宿の人間も手伝ってくれたので手早く済む。
アレクシアとアズは、主人が用意した食事を食べると即寝てしまった。
やはり疲れがあるのだろう。
ダメージの回復も必要だ。肉を用意してよかった。
エルザはシード枠だったので、それほど疲れていない様子だ。
明日からエルザもいよいよ試合に参戦するのだが、トーナメント表を見る限り勝つのは難しそうだった。
相手はあのダーズだ。
エルザが対人戦で思ったよりも強かったとはいえ、あの鬼のように強い戦士が相手になるならば話は違ってくる。
他のスパルティアの戦士とは明らかに違う。
アズとアレクシアが健闘してくれたので、別にエルザが無理に勝たなくても良いかなと主人は思っている。
ちなみにアレクシアにも金貨1枚を賭け、2枚になって戻ってきた。
エルザが食器を奇麗に洗って乾かした後、宿に返却する。
「お前は寝なくてもいいのか?」
「あまり疲れてませんから」
そう言って、エルザはついでに湯を沸かしてお茶を用意した。
スッキリとした香りのお茶だ。
これを飲めばリラックスできるだろう。
2人で無言でお茶を飲む。
静かに時間が流れていく。だが嫌な沈黙ではない。
偶にはこんな時間があっても良いだろう、と主人は思った。
お茶が空になった。
窓を見ると、もう外は暗い。
眠気も強くなってきた。
「私はちゃんと役に立ってますか?」
借りた灯りもただではない。
そろそろ寝ようかなと思っていたら、エルザが呟くように言う。
エルザがしおらしかったのは最初だけで、すぐに慣れて今のような感じになった。
だから、そういった悩みをもっているのは主人にとって意外だった。
最初に脅かしすぎたアズ以外は、そういう悩みを持っていないのではないかと思っていたからだ。
「司祭が身近にいて役に立たないと思う人間は居ないだろう」
「ふふ、そうだと思いました」
ただの確認だったようだ。やられた。
顔が笑っている。主人の答えが分かっていて聞いたのだろう。
主人は考えて損したと思った。
「明日は試合だ。さっさと寝ろ」
「はーい」
蝋燭の火を消した。
室内は暗闇に包まれる。
もぞもぞと、シーツに潜り込む音がする。
エルザが寝床に入ったのだろう。
主人も寝ることにした。
寝ている最中に違和感を感じて目を覚ます。
いつの間にか目の前にアズが居た。
恐らく一度起きた後に、寝ぼけて間違って入ってきたのだろう。
主人は起こすべきか少し考えたものの、疲れているだろうアズをわざわざ起こすのも気が引ける。
小さい寝息が聞こえた。
こうしてみるとまだまだ子供だ。
寝顔は天使の様に可愛らしい。
本来なら、家で家事の手伝いをしながら遊んだりする年頃だろう。
アズの年で冒険者をやっている者は居ないわけではないが、多くはない。
アズの身体が毛布から出ていたので、毛布をずらして被せてやる。
再び主人は目を瞑り、眠る。
「捨てないで」
そう聞こえた気がした。
次の日の朝、天気が大きく変わり雨が降っていた。
闘技場は開けっ放しで雨が入ってくるのだが、魔導士が結界を張ることで対処していた。
雨が結界に当たり、雨音が響く中でも観客席は全て埋まっている。
主人もなんとか前側の席を確保した。
最前列は競争が激しすぎて座れなかった。
朝起きた時にアズが主人を抱き枕にしていて、それを剥がすのに時間が掛かった。
アズが目を覚ますと、状況を把握して何度も謝っていた。
今のアズは見た目より遥かに力が強い。
主人の力では引き剝がせないくらいに。
司会兼審判が舞台に上がる。
観客にも見えるように、大きく貼りだされたトーナメント表を背に2回戦の開始を宣言した。
グレイス王も既に昨日と同じ位置で観戦している。
誰を勧誘しようかを考えているのだろう。
2回戦の第1試合。
シード枠の選手もここから参加する。
軽戦士アズ対スパルティアの戦士バンザン。
バンザンは予選の時、アズと一緒に居たスパルティアの戦士だ。
異国の戦士をアズが引きつけた際に、バンザンが介入したお陰でアズは勝ち上がったようなものだ。
だが、今それは関係なかった。
アズは深呼吸し、試合に集中する。
甘えは要らない。最善を尽くした上で結果を出さなくてはならない。
審判が試合開始を宣言した。
バンザンはスパルティアの戦士らしく盾を構え、槍を持ち、距離を詰めてくる。
盾が近づくほどに、その圧力は増す。
アズが少し屈めば盾がアズを覆えるくらいの大きさだ。
故にアズが受ける圧力は凄まじい。
盾で押されるだけで、恐らくアズは場外に飛ばされる。
盾を躱せば、剣よりも射程が長い槍が来る。
その上で相手は純粋に格上の戦士。
故に、臆しては勝てない。
どうにか攻めなければ。
引けばそのまま押し切られるとアズは理解していた。
テフトスから学んだ足運びを思い出す。
軽快な足運びは、もともと敏捷だったアズの動きをより早くさせた。
バンザンが更に一歩前に出た瞬間、アズは駆けた。
正面から距離を詰め、直前で軌道を変える。
バンザンの側面に移動するが、しかしバンザンも即座に盾をアズの居る位置に向ける。
まるで堅牢な砦だ。
遠距離攻撃を持たないアズには、余りにも堅い守り。
アズは剣に速度を乗せて振るう。
盾がその斬撃を弾く。
封剣グルンガウスの力を乗せても、盾は表面に少しの傷をつけるだけでそれ以上はビクともしない。
バンザンは盾を前に押し出し、アズに当てようとしてきたのでアズは後ろに引く。
続けて放たれた槍の突きを、剣を当てることで逸らした。
再び距離が開く。
ジリジリと、バンザンがまた近づいてくる。
アズは乾く喉を潤す為に、唾を飲み込んだ。
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