第6話 燃える石を掘ってこい
「それじゃあ今日のお前の仕事だが」
俺はそう言ってアズの顔を見る。
体を休める意味でも丸一日さらに休みにしてやった。
それもあってか随分顔色が良くなった。これならまだまだ扱き使える。
「お前の働きで草原の様子が分かり、黒蛇の大規模な駆除が行われる。これはお前みたいに駆け出しの冒険者を大量に動員してやるみたいだな。肉体労働と大差ない賃金みたいだが、まあ人は集まるだろう」
こいつレベルの普通の冒険者なんて、その日暮らしも厳しい食い詰めた連中ばっかりだ。飯と少しの賃金で食いつく。
「こんな安い仕事にお前を行かせる意味はない。魔物を狩るにしても効率が悪い」
安全で効率の悪い狩りなんて御免だ。それしかないならまだしも。
「冒険者組合に追加の仕事が出たから、お前にはそっちに行ってもらう。仕事の内容は鳥の魔物が激減した理由の調査だ」
「あの、ご主人様……どうやってそんなことを調べればいいんですか」
俺は改めて依頼書を見る。
要約するとなんか良い感じに調べてくれという内容だ。
報酬は銀貨15枚。安くなった黒蛇退治よりはマシだが……。
黒蛇が増えたのは黒蛇を食べる鳥の魔物が減ったから。
だが草原には鳥の魔物の天敵は居ない。
鳥の魔物が異常繁殖しなかったのは、黒蛇が卵やまだ小さい鳥の魔物を食べるからだ。
草原はそうやってサイクルが回っていたし、いい薬草の産地にもなっていた。
うちも薬草関連の商品を扱っているので、他人事じゃない。
薬草の仕入れ値も実は少し高くなっていた。
「本来はそれもお前の仕事だが、お前は碌に働いたこともないガキだから分からないのも仕方ない」
俺は地図を取り出して、座っているアズに視線の高さを合わせるために屈んだ。
アズはそういう俺に少し怯む。
周辺の地図をアズに見えるように指さす。
「草原の更に奥に行くと崖がある。崖を超えて奥へ行くと魔獣の強さが変わるから、普段ここに人が寄り付くことは無い」
一応そこでは鉄鉱石や燃える石が採れるのだが、もっと安全で質の良い鉱石が採れる場所があるため開発もされていない。草原の魔物も武器も持たない一般人には怪我の危険がある位には強い。
だがこいつは黒蛇位なら簡単に倒せるのは証明済みだ。持たせた武器が良い。
崖の魔物も装備からすれば問題ないだろう。
「何処かから鳥の魔物の捕食者が来るならここしかない。崖の一部は緩い坂になっていて降りれるようになっている」
アズは地図をずっと見ていたが、恐る恐る崖を指さす。
「ここは危険な魔獣が出るんですよね?」
「黒蛇よりもずっと強いのが出るようだな」
「私が一人で行くんです……よね?」
「複数人ではあまりに報酬が安いし、奴隷と組むやつは居ない」
「……分かり、ましたぁ」
妥協の返事が聞こえる。まだまだ勤勉さが足りないやつ。
愚図らなかったし、躾は勘弁してやろう。
「それと、これも渡しておく」
そう言って俺はつるはしと分厚い手袋をアズに渡した。
「あの……」
「そこに出た魔物が余裕そうなら黒い石を掘ってこい。燃える石。分かるか?」
「燃える石のことは知ってます。村長の家で冬に使っているのを見ました。あれを燃やすと暖かいですよね」
色々使い道はあるが、一番の使い道はやはり暖房だろう。
今の季節は温暖な時期が終わり、快適な気候の時期だが暫くすれば寒波が来る。
その時期の燃える石は良く売れるのだが、仕入れ値も高くなる。
こいつが燃える石を掘ってこれるなら、拳一つ分でも銀貨20枚にはなる。
質のいいモノなら鍛冶屋にさらに高く売れる。
「掘ってこい。どうしても無理なら許すが、一つくらいは持って帰る努力をしろ。良いな」
「危なすぎると思います……いざとなったら逃げても良いですよね」
「命までは掛けなくても良い。さぁいって稼いで来い」
アズは立ち上がってつるはしを腰のベルトにぶら下げ、手袋をリュックに詰める。
つるはしはアズにも持てるように小さいやつを持たせた。
うん。問題なさそうだな。様になってきた。
アズに小遣いをもたせて送り出した。
送り出された私は、塩気の強い干し肉を齧りながら目的地を目指す。
前回は随分と情けない事になったので、今回は問題なく終えたいと思う。
燃える石……かつて暮らしていた家では一度も使われたことは無かった。
寒くなったら薄くボロボロの毛布一枚を纏って、体を縮めて震えていた。
ご主人様は、私の為に燃える石を燃やしてくれるだろうか?
私が使い物にならなくなるのは困るので、寒さに震える事は多分ないと思う。
もしくは、寒いからと言って私をベッドに呼ぶかもしれない。
それでもいい。寒さに震えるのは本当に辛いから。
ご主人様と一緒に眠れば、一人よりずっと暖かいと思う。
話に聞いていた通り、いかにも駆け出しといった感じの冒険者たちが草原に向かっている。流石に私よりも幼い冒険者は居なかったが、みんな若い。そして多くが集団になって移動している。
あれはパーティーを組んでいるのだろうか。
羨ましい……とは感じない。彼らの多くは私でもわかるほどのお粗末な装備だった。
彼らの着ている装備は防具と呼べるか怪しい。
少し分厚い程度の布の服を着たものが多く、武器は精々ナイフ。
杖を持った人もいるのだが、魔導士なのだろうか?
未熟な魔導士は少し魔法を使っただけで戦えなくなってしまうという。
私には主人から与えられたこの剣と防具がある。
多分身の丈に合っていない事をこれからもさせられるけど、無謀なことはあの人はさせないと思う。
お金が大好きというのは十分すぎるほど分かった。服を買ってくれたのも多分私のやる気を出すためだ。実際嬉しかったし。
私を強くして沢山稼いでほしいんだ。だから危険と言っても大丈夫だと思う。
私はまだそんな呑気なことを考えていた。
冒険者に、命の危険がない事はありえないという事を。
私はこの時完全に失念していた。
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