第4話 べそをかいた奴隷

 店を閉め、従業員を帰らせた後。

 一日の中で一番楽しい時間である金勘定をしていた時だった。

 不機嫌な衛兵が店に来たので何事かと話を聞くと、いいから来いと連れ出される。


 衛兵にこのような扱いをされるのは初めてで不愉快だったが、衛兵の機嫌の悪さは顔にまで出ている。状況が分かるまでは様子を見るしかない。


 連れてこられた先は門の外で、門番は二人とも困った顔をしている。


 その原因は一目でわかった。俺が連れてこられた原因もだ。


 門の外には蛇の頭が詰まった血塗れの袋と、全身に血を浴びたうちの奴隷が居た。

 アズは完全にべそをかいており、時折鼻をすんといわせている。


 一体何があったんだ。門番たちに何かされた訳ではなさそうだが。


 衛兵は苦虫を噛み潰したような顔で俺に向き直る。


「この子よぉ、途中で袋をぶちまけちまったみたいなんだわ。中身が蛇の頭だもんでびっくりしたが、まぁ冒険者だっていうんならそういう事もあるだろうさ。だけどこの格好で街には入れられないんだ。分かるだろ。アンタのとこの奴隷ってんならなんとかしてくれよ」


 俺の反論を聞く気はないのか、とにかく早口で捲し立てられる。

 とはいえ状況は分かった。アズはちゃんと仕事してきたが、少しばかりドジを踏んだらしい。

 年頃の少女だ。血塗れになったら泣きたくもなる。


 何とかすることを衛兵と門番に伝え、一杯やってくれと袖の下を渡した。

 直接俺を連れてきたのはそれが手っ取り早いからだろうが、結果的に変なトラブルに発展せずに済む。ここでの話で終わりだ。


 衛兵は厄介事が終わったと分かるや不機嫌な顔があっという間に上機嫌に変わり、さっさと街に入っていった。あれは多分そのまま酒場に行くだろうな。


 門番二人はアズにやや同情的だったが、彼らも仕事でここにいる。

 せめて血は落としてくれと言われた。尤もだ。


 とりあえずアズをつれて離れた小川に連れて行く。

 空は朱く染まり始めた。うかうかしていると夜になってしまう。


 完全にぐずってしまっているアズの頭から水をぶっかけ、正気に戻した。


「……水、冷たいです」

「とりあえず顔を洗え、というか全身洗えるだけ洗え。この川は街には流れてないから苦情も来ない」

「分かりました」


 俺は急いで店兼自宅へと戻り、アズの部屋から着替えやタオルをかき集める。

 これも主人の仕事だ……いやそうなのか? とはいえこのままではアズが街に入れない。


 再び小川に戻ると、アズの顔や髪から血が落ちていた。

 水に濡れたアズはやはり可愛い。買ってよかったと思う。


 しかし見惚れている時間はない。夜になったら門が閉め切られて俺も入れなくなってしまう。そうなったら明日店を開ける時間が遅れて大損害だ。


 それは冗談ではない。


 アズの服は中まで血がしみ込んでいる。鎧はすぐに奇麗になった。


 俺以外は誰も見ていないことを確認し、アズを着替えさせる。

 血は下着にもべったりと付いている。


 替えの下着を持ってきたのは正解だった。


 アズは下着まで着替えると分かると抗議の視線を送ってきたが、奴隷の躊躇に構っている暇はない。さっさと脱がせた。アズは茹でたように真っ赤になる。


 俺はタオルの一枚を川に浸して、かるく絞ってアズの体をふいた。

 血塗れだったが幸いにも全部蛇の血だった。体には傷一つない。

 華奢な体だ。冒険者に向いてるかと聞けば誰もが向いていないというだろう。


 少しばかり趣味に走りすぎたかもしれない。

 だが、俺も道楽だけで始めたわけじゃない。命の次に大事な金をつぎ込んでいる。

 明確に結果が出るまでは頑張ってもらう。

 そもそも初めから結果が出せるような奴隷なんて高すぎて買えないのだ。


 血をふき取り、水気も拭き取って下着を着せる。

 アズは観念したのか素直に従った。


 持ってきた服は青のワンピースで、先ほどの冒険者姿よりよほど似合ってしまっていた。

 汚れた服は一纏めにし、鎧や手甲はアズに持たせる。

 蛇の頭の詰まった袋は……放っておく。蛇の魔獣の頭なんて生命力が強いのだからそう腐らないだろう。そう聞いたことがある。


 明日改めてアズに持っていかせればいい。経過報告もさせないといけないし。

 それ以降は少し休ませるか。大事にしてやらないとな。長持ちしない。


 アズの目元は少し腫れていたが、大分平静が戻ってきたようだ。

 そこでようやく色んな事に気付いたようだ。


「あの……ご主人様。ごめんなさい」

「わざわざ俺が門に連れてこられたことか?」

「はい。他にも色々。拭いてもらったり、迷惑かけちゃって」


 またぐずり始めた。見かけより図太いと思っていたのだがそうでもないのか。


「昨日も言ったがお前は俺のものだ。道具の手入れは持ち主の仕事だろ。お前はきちんと仕事をして帰ってきたわけだしな」


 そう言ってまだ乾いていない髪を新しいタオルで拭ってやる。

 髪が長いと全然乾かないな……。まあ良いだろう。奇麗になった。


 さて、行くかと立ち上がったら、アズが胸に飛び込んできた。

 そのまましがみつかれる。


 意外と力が強いな。もしかして魔獣を狩った成果がもう出てるのか?

 アズは顔の胸元に顔を押し付けて暫くじっとしていた。

 そして離れる。


「――もう大丈夫です」

「そうか」


 目に少し生気が戻った。これならまた頑張って稼いでくれるだろう。

 空はまだ暗くなっていない。


 門に行き、血塗れの袋を少し離れた場所で放置することを門番に伝える。

 明日には何とかしてくれと言われたが、とりあえず今日はこのままで良いと言質を取る。


 アズをつれて店に戻り、風呂を沸かす。小さい火の魔石が輝き、すぐに用意できた。

 アズは昨日は湯で拭いただけだからな。

 川で汚れを落としたから体も冷え切っているだろう。


 アズを風呂に放り込んで、その間に軽食を用意する。俺も夕食はまだ食べれてないからな……。


 芋と乾燥させて貯蔵している玉ねぎをザックリと切って鍋で煮る。

 塩漬け肉で作ったウィンナーとハーブも入れて、小麦粉を同量の水で溶いて練ったものを鍋にスプーンで入れていく。

 塩を入れて完成だ。塩漬け肉のウィンナーからいい出汁が出る。


 風呂から上がったホカホカのアズにたらふく食べさせ、部屋に帰らせた。


 ……さて、仕事を終わらせよう。

 金儲けに楽な道はない。

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