突然の勧誘
「さてと、俺は寝るぞ」
朝の教室にはもちろん誰もいない。
あと一時間近くはきっと誰も登校してこない。
だからそれまでの間を有意義に過ごそうと、席に座って眠りにつこうとするのだけど。
「ダメ。学校で寝るのは禁止って言ってるでしょ」
当然カレンが許してくれない。
「なんでだよ。宿題もしてるし、始業までには起きるから」
「机で寝る癖がつくし、寝起きはしばらく頭も働かないの。そういう小さなことの積み重ねがどんどん時也をダメにしていくのよ。だから起きてなさい」
「じゃあ、こっから何して時間潰せばいいんだ」
「べ、別に私が話し相手くらいにならなるじゃない。と、特別よ? 誰もいないから仕方なしによ?」
そう言って顔を赤くするカレン。
つまり俺と話したいということだ。
全く、こういうところはちゃんとツンデレできてるんだけどなあ。
「で、何か話したいことでもあるのか?」
「と、時也こそないの? ほら、私に好きな人いないのか、とか。私がどうして料理覚えたのか、とか。私がいつも部屋で何してるか、とか。気になることいっぱいあるでしょ」
「……別に」
なんで全部お前のことなんだよ。
ていうか普通にそんな質問を本人にする男なんてキモすぎるだろ。
「な、何よ興味ないの?」
「ない。俺は別に他人に興味はない」
「むう」
「怒るなって。それより、今朝の話の件だけど」
「……え?」
「部活の件だぞ」
「え? あ、ああそうだったわね。うん、入りたい部活あったの?」
「いや、ない。ないからやっぱりいいやって」
「そ、そうなんだ。あ、あのさ時也。もし何も入りたい部活ないならさ、こんなの、どうかな?」
「ん?」
カレンが鞄から一枚の紙を取り出した。
手書きで書かれたフライヤーだ。
そこには『文芸部復活! 入部希望者募る!』とおおきく書かれていた。
「こ、この学校に以前あった文芸部をね、復活させようかなって思ってるのよ。ほら、私って読書好きだし、時也もよく小説読んでるじゃん? だから二人で一緒に立ち上げるのもいいのかなあって」
「ほう」
思わず声をだして感心したのは、何もカレンの提案が魅力的だからというわけではない。
俺の知らないところでそんなことを考えていたというのが意外だったから。
いつも聞いてもないのにプライベートを百パーセント晒してくるカレンが俺に隠れてこんなことを画策していたんだと知って、驚いた。
が。
しかし、だ。
「ど、どう?」
「んー、パス」
「な、なんでよ!」
「お前、ちなみにここに書いてある『定員は二名まで』ってのはどういうわけだ?」
「あ、あんまり最初から大風呂敷広げたら予算もたくさんいるし、それにやる気のない部員とか増えても困るし」
「だとしても二人は少なすぎないか?」
「な、なによ私と二人だったら何か不満なの? もう生徒会に申請用紙も出してるんだけど」
「……まさかとは思うけど俺の名前を勝手に使ったりしてないだろうな」
「え、書いてるけどそれが何か?」
「……」
いや、何勝手なことしてんだよこいつ。
ていうか勝手に名前使ってるならこんな回りくどい聞き方をするな。
「と、とにかく申請が通ったら早速部活動開始だからね。割り当てられた部室の掃除とか、資料として使う本の購入とか、あとは家具とベッドも新調して」
「部室に家具とベッドはいらん。ていうか俺はまだ返事なんて」
「その通りよ!」
「っ!?」
ガラガラっと教室の扉が開くと同時に、威勢のいい声がこだました。
二人で揃って声がした方を見ると。
そこには一人の綺麗な女性が立っていた。
「文芸部の活動を、まだ認めたわけではありません」
そう言って、ツカツカと教室に入ってくる謎の美女。
いや、この人には見覚えがある。
そしてカレンも知っているようで、驚きながら立ち上がる。
「生徒会長? なんでここに?」
「糸島カレン。残念だけど今はあなたに用事ではないの。私が今用があるのはあなたよ。住之江時也さん」
「……俺?」
カレンをスルーして俺の前に立って指を指してくるこの女性の名は確か、
この学校の生徒会長にして、学校ナンバーワンの秀才と名高い有名人だ。
黒い艶やかな髪はカレンよりも長く腰元までストンと伸びており、切長のつり目が彼女の凛とした雰囲気を際立たせる。
そして手足は驚くほどすらっと長く細いのに対して、出るところはしっかりと出ているというパーフェクトスタイル。
そんな彼女のことを皆は『パーフェクトレディ』と。
カレンと違って異名はこれだけだが、それ一つで彼女がどれほど全てにおいて優れた人物かというのがわかる。
勉強は学内トップはもちろんのこと、全国模試でもトップランカーの常連。
そして生徒会長としても、高校生離れしている。
新二年生にして春から生徒会長に抜擢された彼女は校内学力向上をマニフェストに掲げ、先生たちが作るテストの他に彼女自身が作成したテストを全校生徒に受講させるという案を無理矢理通して、この春から早速それが実行されている。
俺たち新入生も、入学と同時に力試しという名目でそれを受けさせられた。
そしてそれが超難問だらけ。
皆、頭を抱えながらテストを受け、そして返ってきた答案用紙に赤ペンで書かれた内容に震えた。
『次回、このテストの点数を下回ったものは無条件で夏休みは補習とする』
これが脅しなのか本気なのかは別として。
入学早々にこんなことをされたのでは、当然みんな萎縮する。
それに不満だって出るはず。
なのに彼女の人気は絶大なままなのである。
というのも、このテストについて、本人が希望するのであれば特別に竜宮寺麗華自身が個人指導をしてくれると。
そんな話にまず群がったのはアホな男子生徒諸君。
生徒会室前には連日長蛇の列。
一人十分程度の指導だそうだけど、それを受けた人間は皆、骨抜きにされてかえってくる。
「いい匂いがした」「目が合った」「名前を呼ばれた」「とにかく優しい」などなど。
一度彼女と接した人間は皆、彼女のことを好きになる。
そして女子も。
最初は男子たちの短絡的な反応に、皆、冷ややかな態度だったが、やはり同性としての憧れを隠せない連中も多く。
やがて女子たちも彼女の個人指導に並び。
骨抜きにされていた。
俺はそんな指導なんざ受けたくもなかったので彼女とこうして直接向き合うのは初めてのことなんだけど。
なんで俺に用事?
もしかして個人指導に来なかったのがバレたからか?
「住之江時也さん、ちょっと私についてきてもらえる?」
「あ、あの……ちなみに何の用事ですか?」
俺が聞き直すと、隣のカレンもなぜか「そうよ、なんの用事ですか?」と。
そんな俺たちに対して彼女は、不敵な笑みを向けてくる。
何もかも見透かしたような余裕のある笑み。
そして、戸惑う俺と少し苛立っているカレンを見ながら、言った。
「あなた、私のものになりなさい」
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