4.801号室:神は透明な手を差し伸べて

7月5日 801号室


 自室のパソコンを開きながら、須藤久信(すどうひさのぶ)は嘆いていた。

 毎日の仕事で周りの人から交流がなく、その寂しさから出会いを求め、メッセージアプリmeet gracias(ミートグラシアス)を始めた。

 結果は見事、その逆。絶望的なものだった。

 これといった出会いや交流もなく、盛り上がるのは、自分の身の上話や、自分の仕事に興味をもつ無知な大衆ばかりだった。

 須藤の仕事は医者。それも外科医という大きな仕事だった。

 彼は子供の頃からコンピュータに興味を持ち、空いた時間はパソコンで睨めっこの状態。

 しかし、社会に出れば、それはただの人生の道具となり、面白みがなくなってしまった。

 そうして須藤が出会ったのは、自分が住んでるマンションの同じ場所で住む女性だった。黒く長い髪で細い顔立ち。今まであった女性とは桁違いだった。

 そんな彼女に近づきたいために、須藤はすぐ行動を始めた。彼女の職業は花屋。住んでいる部屋は304号室と行った情報を入れていった。そんな時、彼女のことを一日中追跡してみることにした。ほんの好奇心だ。

 そうして、またもや結果は絶望的だった。

 自分が虜になったあの女性は既にふさわしい男がいた。住人の噂によると、半年に世界中を飛び回っているという、いわゆる貿易会社の人間のようだ。

 そんな人物より、自分は面白みがないただのエンジニア。次第に須藤は激しい劣等感に襲われた。

 そうして、心が荒み始めてきたある日。須藤はいつものように、アプリを開いた。

 開いた直後、個人DMに一通のメールがきていた。

 差出人名はS.Rというイニシャルの女性。顔アイコンはなく、全く関わったことのない人物だった。

 問題のメール文は次のようなものだった。


 「須藤久信さんですね?江戸川区のマンション、グレードエステート801語室に住んでいる」


 須藤は最初はぼーっとしていたが、メールの全文を見て、恐怖に震えた。

 なんなんだこの女は、なぜ自分の住所を知っているんだ。

 そう思ううちに、マッチングアプリを消そうとした途端、再びS.Rからメールがきた。


 「ご安心ください。決して危害を加える気はありません。ただ、ご相談があり、ご連絡いたしました。」


 メールの文をみて、気がついた。

相談・・?。一体自分に何の相談があるのか。

 須藤は嫌々ながらも、メールに返信をしてみた。


 「相談って一体なんですか?自分に利益がないなら、即刻アプリを消去し、警察に連絡します。」


半分脅迫めいたへんしんだが、仕方がない。こっちも恐怖でたまらないのだ。

 すぐに返信が来た。


「あなた、304号室の女性の方に好意を抱いていますよね?彼女に近づかせる方法知ってますよ」


 驚きの返答だった。こいつは自分が悩むことも、悩みの元凶のことも知っている。

 須藤は危機感を忘れ、返信を行った。

SEスドウ

「近づかせる方法って何ですか?なぜそこまであなたは知っているんですか?」

R.S

「私は何でも知っています。そこは触れないでいただけると幸いです。彼女に近づく方法ですが、簡単な事です。」


 そして、驚愕の返信が来た。


「夫を完全犯罪で殺すんです」


完全に異常な返答だ。しかし、須藤は背徳感はありながらも、この議題に夢中になっている。そして、そのまま読み進めた。


「簡単な話です。その女性の夫はたまに日曜日に、鍵をかけ忘れています。その内に、午前6時までに私が渡す薬を彼の入れるコーヒーに薬を入れてください。その時間までに彼はぐっすり寝ています。」


一体何を言っているんだ。こんなのすぐにバレるじゃないか。次第に腹が立った須藤はこの返信をした。


 「いい加減にしろ。そんなことできるわけない。こんなの完全でも何でもないじゃないか。一体何が完璧なんだ」


 そして、数分後。

 R.Sから返信が来た。

 全文を見て、須藤は全てを察した。

そして、全てを了承し、犯行を考えていった。

 彼女の出した一文は、



 「そこはご安心ください。最も殺意を抱いているのはその夫の妻です。彼女が共犯になってくれると思います。」





 

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