2.304号室:別世界の手招き
10月19日:304号室
午前4時。
大崎雄二(おおさきゆうじ)はいつものようにベッドから体を起こした。
そうして、目をこすりながら寝室を出て、キッチンのコーヒーメーカーから暖かいコーヒーを注ぎ、ミルクを入れてゆっくりと口に運んだ。
妻の季久美(きくみ)はまだベッドの中だ。
この夫婦にとっては、今ではもう日常のようなものだ。雄二は早起きでこの時間に何度も起きてしまう。最近ではめざましがなくとも、ぱっちりと目が覚めて布団から出る。こういったことは昔からではなく、3ヶ月前に起こるようになった。
いつもは6時か7時に起きていたが、最近では早く起きることが多く、ひどい場合では12時に寝て、2時に目が覚めてしまうこともあった。
すぐにベッドに入っても眠気が現れず、あるのは残った昨日の疲れと空腹感だけ。
しかし雄二は大雑把な性格ゆえ、あまり気にはしなかった。本人は、大したことはない。仕事でストレスがたまっているんだろうと、ずっと言っていた。
しかし、最近の雄二のおかしなところはそれだけはなかった。
2週間前から、目に見えるもの全てが以上に見えるという。道路に花畑が見える。建物が曲がりくねって見える。更には季久美をはじめ、目に見える人、または自分の顔や足が大きくなったり、小さくなったり、変形したりして見えるのだという。
季久美はさすがに心配になり、精神科に連れて行った。
その結果、医者が考えたのは「不思議の国のアリス症候群」だという。
名前の通り、童話「不思議の国のアリス」の世界のように、物体の拡大縮小、変形するように見える幻覚障害だと言われた。
結果、病状が落ち着くの待つしかないと言われ、雄二はしばらくの間、仕事を休養していた。
そして、午前6時前。
雄二は体力が取り戻しつつ時に、玄関前の廊下にあるものを見た。
光だった。扉の覗き穴とは全く違う大きな光。それはやがて、輪郭を持ち、一つの物体に見えていく。
人影だ。しかも揺れて見えている。
ああ、またあの感じだ。あまり気にしていなかった雄二も最近は嫌になってきていた。だが今回のこの感覚はいつもとは違う。
やがてその人影の色を認識し、ついには顔も見えてきた。その姿はやがて認識できるほど見えてきた。
(あれは誰だ・・・・・アリス・・・・?)
彼の目に見えてきたのはあの童話の主人公。水色のエプロンドレス、リボン、金色の長髪。まさに絵本の中のアリスそのものだった。
彼女は笑顔だ。雄二に向かって、愛おしい小さな手でこちらに手招きしている。
雄二はやがて、今までの辛さも忘れ、ゆっくりとそちらの世界へ向かっていく。理由もわからず、何が起きるのかも考えず。
そして彼は小さな少女を照らした光とともに、今の世界から決別した。
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