第29話「ファンタジックに陥落し」

 王城が寝静まった夜、私、ツヴァン・キングルーティロードは城内の見回りをしていた。そして、飽きた。


「日帰り旅行でもするか」


 小さく呟いても響き渡る城内で私は口を押さえて、自室へと急いだ。

 騎士団制服であるバーミリオンカラーのポンチョを脱いで、どくだみの茶葉のように乾燥した葉が入り混じる色のポンチョを羽織る。お出かけ用だ。

 そうして城を出ると、国境を抜けて、クラウンチングスタートで走り出した。走り始めてすぐに振り返って考え、また前を向く。


「国境防衛の騎士団員、寝ていなかったか?」


 しかしなんとなく、普段のことを考えずにいたかったのでこれ以上は気にせずにいた。

 私の言葉遣いは偽物だ。尊敬する父に倣って騎士団に入り、後を継いで騎士団長になった。それでも内側というのは変わらない。ラリオン様、と呼びながらも内では未だに「ポンコツ硫化水銀」と呼んでいるし、主と護衛の関係でなく幼馴染だと思っている。


「今日は羽目を外そう」


 私自身が真面目なのではなく大人しくしているだけだ。ポンコツ硫化水銀がそうであったように、私も立場を忘れて過ごす時間を経験してみてもいいかもしれない。

 そう考えているうちに、モエアスティーから正反対のモストアールティーエイチまで走ってきていた。


「我ながら交通費がかからなくて助かるな」


 マルゲリータ。この町で私とポンコツ硫化水銀は再会した。静かな空気と、怒号と悲鳴、相変わらず治安の悪い町である。

 賑わいを見せる光零れる料亭に、私は足を踏み入れた。


「いらっしゃーい」


 元気な少女が言う。

 店内を見渡すと、全員が幾らか肥満気味のごろつきの溜まり場を見つけた。先ほどの少女がそっちは、と言うのを無視して近くの席に着いた。


「よう姉ちゃん、ひとりかい? へっへっへ」

「ええ。お茶の1杯でも奢ってくれる?」

「おっほっほー! こいつぁ傑作だ。タカリからタカろうたあおもしれえ!」


 ごろつきの中で笑いが起こる。いかにもな集まりで、私は口を押さえるのも忘れて釣られて笑ってしまった。

 ひとりがほかと違って状況を気に入らなかったのか、私目がけて襲いかかってきた。

 剣を抜いて刃を持つと、柄で男の膨らんだ腹を深く突いた。男はそれ以上、1歩も動けずに倒れる。


「食べすぎにご注意を」


 決めゼリフのつもりである。

 ごろつきたちは仲間が倒れても盛り上がる。タカリでなければ愉快なものであった。

 すると、奥に座っていた1番の巨漢が立ち上がって言った。


「いいじゃねえか。姉さん、俺らの用心棒にならねえか?」


 思いがけない誘いである。


「用心棒?」

「そうだ。俺たちゃあ、単なる町のごろつきで終わる気はねえ。何かでけえことをするんだ。なあお前ら?」

「ひゃっひゃっひゃー!」

「はあ。でかいこと、ね」

「姉さん、あんたがいりゃあ百人力だ。どうだい、報酬は弾むぜ?」


 この肥満たちが何をしようとするのか、私は興味が湧いた。


「いいでしょう。ただし、お金はいらないし奢る必要もない。貴様たちの夢に乗るだけ」

「いいぜ姉さん、夢を見せてやるよ! お前ら、そうと決まったらしっかり食え! 決行は明朝だ!」


 明朝と聞いて明日は遅刻してしまうかもしれない、でもその経験も貴重だ、と私は内心楽しみになった。

 時間まで食べ続けるというごろつきを横目に、私は粛々と食事をする。マルゲリータという名前なのにピザが無いこの町で、少女が賄いで作るというイタリアン風のナンを戴いたのだった。



      ◇



 まだ日が昇らないうちに馬車を出して、ごろつきたちが叶えるという夢の場所に向かっていた。

 途中、同乗したごろつきと話していると、元々は皆漁師だということがわかった。こんなにも山賊のような見た目をしているのに、海の男たちだった。


「国からの支援が無くなって廃業よ」

「王を恨んでいるのね」

「ったりめーよ!」


 すると彼らが叶える夢の答えはひとつであった。

 馬車が止まり、降りて見えた景色に納得する。


「帰ってきた……」


 ここは、モエアスティーのバーミリオン城下町だった。

 後ろを振り向くと、やはり国境の騎士団員は眠っていた。もういい時間なのに。


「お前ら! 城を落とすぞ!!」

「ひゃっはー!!」


 まずい、非常にまずい状況になってしまった。


「頼むぜ姉さん、力を貸してくれ」

「は、はあ」

「剣豪の姉さんがいれば落としたも同然! 行くぞおおお!!」

「ひゃっはあああ!!」

「ああもう行ってしまった! え、ええいままよ!」


 できる限り目深くフードをかぶって、ごろつきに続いて城の入口を正面突破した。

 昨晩と違って、城内は騒がしくなっていた。当然、ごろつきが侵入して暴れ出したからである。

 古典的にも棍棒を握って、城の壁や抵抗する騎士団員を殴打していく。こうして見ると強力な武器で、私も今度使ってみようと思った。


「つえー奴、それから姉さん、どんどん上へ行け! 最上に王がいるはずだ!」

「そりゃいるでしょうね」

「さ、姉ちゃん早く!」


 最初に話しかけてきたごろつきと共に、慣れた階段を駆け上がっていく。

 途中通り過ぎていく、ポンチョを着慣れた男を見て足を止める。


「姉ちゃんどうした!」

「待て、下だ」

「どういうこ、うわぁっ!」

「ごろつきA!」


 ごろつきは倒されて、階段を滑り落ちていく。

 上を見ると、ナイトキャップをかぶったまま眠そうにしている偽鳥のポカがいた。帽子が魔法使いらしさを出していて、実に似合っている。


「あ、ツヴァンさんいた。ワタクシ眠いから後は頼みます」

「えっ。え、ええ」


 偽鳥は寝ぼけたまま、寝室へと帰っていった。

 私は階段を下へ、倒れているごろつきと騎士団員の山を踏み越えて、ポンコツ硫化水銀と対峙した。


「おおツヴァン! よりによっていないから探したよ!」

「ポ……ラリオン様。覚悟」

「へ?」


 剣の柄で突いて、ポンコツ硫化水銀を気絶させる。

 刃を握っていたから昨晩から手の平が傷だらけだった。持ち方をもう少し考えなくてはいけない。



      ◇



「はっはっは……私が、帝王か」


 玉座に座り、ごろつきたちを跪かせる。

 いとも簡単にバーミリオン王城は陥落した。あまりにも、あまりにも簡単だった。


「騎士団を鍛え直さなければな……」


 私はそう、むなしい心で呟いた。



      ◆

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