第3話「スネイリックスプリント(後編)」

 自分たちを「神の使い」と名乗る少年たちは瓦礫となった教会の上を宙に浮き、ラリオンとポカ、そして老人に目を合わせた。


「まだ、生きていたんですね。村長様」

「本当に村長だったみたいじゃこのばあさん」


 抱きかかえて胸元にいるポカへと耳打ちする。


「特大報酬に期待しましょう」


 耳を傾けてポカの囁く声を聞き取る。

 少年たちは手を繋いで、片方の手を老人へ向けて力を込める。ふたりを纏っているランプブラックの気が、手の平へと集まってきた。


「何か出るな」

「ビーム、とかですかね?」

「当たったら痛そうじゃな」

「焼き鳥になっちゃうかもしれません」

「それじゃあ俺は、うーん、何か洋菓子だといいな」


 小声をやめたラリオンとポカ。

 気は次第に巨大な物になり、やがて目にも見えない速度で放たれた。逃げる間も無く、飛んでくる塊を見る。


「……来世はおいしくなりましょう」

「そうじゃな。ベイクドチーズケーキじゃ」

「短い間でしたがありがとうございました!」

「こちらこそ、あんまり構いもできませんで」


 ふたりが一瞬の間に別れを言い合う中、老人は匍匐前進でその場を離れていた。

 気で作られた塊はふたりの目の前に着弾する。そのとき爆風を感じてラリオンは身をよじらせたが、来たのはそよ風だけであった。


「ん! ……ん?」


 反射的に顔を守った為に、ポカは放り投げられていた。ポテ、という音がしてポカが不時着した。

 腕をよけて前を見ると、そこには1匹の小さな黒豚が立っていた。


「おいポカ、見えるか。チャーシューじゃ」

「んぐぇ……あら本当、こんがり焦げ焦げ」

「ポカとおんなじくらいの大きさじゃ。同郷?」

「知りませんよ!」


 ポカがラリオンの下へと小走りで戻ってくると、少年たちは同時に笑い出した。


「それは『フラムコション』と言って希少ではありますが、の荒い魔物です。はは、キショウ、キショウ……」

「ガキじゃな」

「むしろおっさん寄りなのでは?」

「キショウ、はははっ……言っていられるのも今のうち。フラムコションは触れた物全てを燃やし尽くすと言われている、ファールアンクでも数少ない凶暴な魔物なのです」

「やはりチャーシューじゃ」


 ラリオンたちには落ち着きがあった。それは、目の前の黒豚「フラムコション」が立ち尽くしたまま身動きを取らなかったからだった。目だけを右往左往させ、自分のいる場所が突然変わったことに戸惑っている様子である。


「そうじゃ、ポカ、何か食べ物持ってないか?」

「何も無いからこの村へ来たんでしょう?」


 思い付いて尋ねたが、ポカに即答される。

 その場に座り込んでラリオンは少し考えて、すぐにポカを掴み上げた。


「な、なんでしょう……?」

「餌じゃ」

「はい? ってぐえー!」


 フラムコションの目の前にポカを投げる。それには反応して、1羽の鳥だけに目の焦点を合わせた。


「ラリー様の人でなし!」

「どうとでも言うがいい! おいチャーシュー! 聞けば火遊び得意らしいじゃないか」


 フラムコションは話しかけられていることに気付いて、視線は動かさずに肯定した。


「よし。あの空に浮いている子たちを見事燃やしたら、お礼にその鳥を進呈しよう」

「何勝手言ってるんですか!!」

「どうじゃ?」


 ラリオンが言葉を切ると同時に、フラムコションは自らの体に火を纏った。

 垂らした涎が火に当たる音がして、背を向ける。ポカ越しにラリオンを見て、深く頷いた。


「ブフッ」


 小さな火種は跳び上がった。真っ直ぐに少年たちを捉えて、向かっていく。


「行ってらっしゃあい」

「ひゃぁ。腰抜けた……」


 ポカの緊張が一時的に解けた瞬間だった。



      ◇



 数分後、ラリオンたちは教会だった瓦礫を踏み歩いていた。


「いやあ……壮絶じゃったな」

「むしろ瞬殺! と言いますか……」


 ふたりは困惑していた。

 あまりにも拍子抜けで、呆気ない結末であった。


「チャーシュー、跳びました!」

「体当たりでしょうか! おぉーっと、早速ひとり火達磨です! ひやぁ」

「ふたり目も行った! これは決まったか!」


 などと実況をするも一瞬、フラムコションは少年たちを触れただけで倒したのだった。少年たちは纏っていた気と同じ、ランプブラックの光となって霧散した。


「まあ、結果オーライじゃ」

「そうですね。……じゃないですよ! あの豚、ワタクシを見る目が完全に餌を見る目そのもの!」

「ま、まあ、それも結果じゃ」

「ノット! ノットオーライ! ノーグットべらぼうです!!」


 じっくりと舐めるような目付きでポカへと近付いていく。1歩ごとに、ポカも1歩後ろへ下がっていく。


「ひゃぁー!」


 瓦礫に躓いて、ポカはフラムコションの所へ急降下していく。


「さらばポカ!」


 敬礼。

 ポカは翼を広げて舞い上がる。


「ばさばさー……。終わりかと思いました……ってひゃぁ!」

「ブヒィ!」

「ぬわ! こっち来るんじゃない!」


 宙へ浮くポカ目がけてフラムコションが跳び上がる。ポカが後退した先にはラリオンが立っていた。

 ラリオンは素早くポカを捕まえると、片手でフラムコションに止まるよう合図した。


「待ちなされ救世主チャーシュー。いい話がある」

「ブヒ」

「ようし」


 少年たちの言っていた凶暴性と似つかない聞き分けの良さで、動きを止めて瓦礫の上に座った。


「この村から危機は去った。するとどうじゃ? 住民は俺たちに褒美をくれるだろう。金目の物か……そう、食い物か」

「ブヒ! ブヒ!」

「理解したようじゃな。俺たちの仲間になれば、仲良く贅沢三昧じゃ! どうじゃ、どうじゃ?」

「ブフ!」


 鼻息を荒くして、フラムコションが何度も頷く。


「うん、ってことか?」

「ブフ」

「そうかそうか! それじゃあ握手じゃ」

「ブヒ!」

「あちゃあちゃちち!!」


 余熱でラリオンは火傷を負った。ポカが魔法で治癒する。

 目先の褒美を予感させることで、注意を逸らすことに成功した。ラリオンとポカ、そしてフラムコションは老人の下へ向かった。


「ほれ、壺開けてくれ。開かん」

「湯煎でもすれば開くじゃろ。そんなことより何かくれ」

「この村には何も無いわい。いいから壺開け、瓶じゃないんだから」

「わかったわかった。開けてやるから、金か飯出せ」

「何も無いと言っておるじゃろうが! ……あ、近くにじゃったら珍味があるかもしれん」


 老人はそう言うと、短い頭身のどこからか地図を取り出した。


「この山じゃ。ほれ、ここからも見える火山。火口付近に住むという魔物が、それはそれはうまいらしいわ」

「ほう! ばーさんいい情報じゃないか。だそうじゃ? ポカ、

「フコ?」


 ポカが首を傾げる。


「フラムコションのことじゃ。名前も長いし、仲間になったのにチャーシュー呼びじゃ可哀想じゃ」

「さっすがラリー様! 素敵です!」

「そうじゃろそうじゃろう? 行くか、山」

「行きましょう!」

「ブヒ!」


 ラリオンたちは火山へ向かって走っていった。


「これ! 壺はどうした壺は!」


 壺の蓋を開けずに走り去った。



      ◇



 ファールアンク最西北の火山は、大陸全土の温度を保つ為に必要だった。しかし最近、巨大な魔物が住み着いたことで定期的な噴火が止まってしまい、一部の大陸に不安定な気候をもたらしていた。

 ラリオンたちは道筋のない山をひたすら駆け上がっていく。ポカは空を飛び、フコは時々跳び上がっては距離を稼いでいく。


「ズルいぞ動物共! 俺を置いていくんじゃない!」


 絶え間なく零れ落ちる火山灰から、目深にかぶったフードが守る。火山の温度は高く、分厚い生地のポンチョを羽織るラリオンは汗だくである。


「脱げば涼しくなりますよ」

「これだけは絶対脱がん!」

「頑固なラリー様」


 主人であるラリオンを置いて、先へと飛んでいく。それを見たフコはラリオンの隣に行くと、ブヒャ、と笑って跳んでいった。


「薄情家畜共め! だぱぱぱぱぱ!!」


 斜面に突き出た石を掴むと、身体全体をそこへ縮こませて跳躍する。ポンチョがマントの代わりとなって、空気の軌道に合わさってあっという間に頂上へと到達した。


「どうじゃあー!」

「……れ、も、ん、ぎ、ょ、う、ざ」


 ラリオンの背後から聞こえた声は重々しい物であった。

 振り向くと、巨大なカタツムリが火口を少し塞ぐようにして、いた。


「だ、だりゃー!?」

「どうしましたラリー様ぁ……ひゃぁー!!」

「ブッヒャー!」


 頂上へ着いた1羽と1匹が飛び跳ねる。

 興奮して辺りで跳ね続けるフコに対して、ポカはすぐに冷静さを取り戻した。眼鏡を上げて口を開く。


「……今日、飛んだり跳ねたり、ばっかりですね」

「卯年だしな。違う、それどころじゃない! あのバカデカいカタツムリはなんじゃ! あれが珍味か!?」

「え、ええ! 多分そうなのでしょう! いえ今年は巳年です! あははぁどうしましょう。食べられるかなあ、持って帰れるかなあ……」


 すぐに冷静さを投げ捨てて、ラリオンたちは慌てふためく。

 巨大なカタツムリはじわりじわり、とラリオンたちに向かって歩んできていた。そして火口地点まで来ると、真っ直ぐマグマへ落ちていった。


「あ、あら?」

「いなくなっちゃいました」

「ブヒ」


 地面が大きく揺れた。直後、火口からはマグマではなくカタツムリが溢れ、空高く噴き出した。粒子にも見える細かさになった大量の巻貝が雲を突き破る。


「マイマイじゃ!」

「たまやー! ですね」


 ファールアンクの空に溢れたカタツムリは、時として地にも降り注いだ。のちに歴史に名を残す「蝸牛爆散事件スネイリックスプリント・フィーバー」である。

 ラリオンたちは宿のあるマルゲリータの町へ戻って、無料の食事処「クエ」でエスカルゴを堪能した。


「それにしてもあのカタツムリ……『スネイリックスプリント』じゃったか。何故あんな山に住んでいたんじゃろう」

「うーん……。昔はあんなのがゴロゴロしていたみたいですし、人間が溢れ過ぎて行き場を失くしたのかもしれませんね」

「そういうもんか」

「ええ」

「お、このバターが堪らん!」

「ブヒ! ブヒヒ!」


 テーブルに並べられたエスカルゴを、同じ位置から味わうポカ。そこへもう1匹、フコが加わった。



      ◆

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