第10話 時の狭間の(ミスミ視点)

 大事な人。

 大好きな人。

 守りたい人。


 俺に、居場所をくれた人。


 なのにどうして、俺の目の前で貴女は倒れているんだろう。

 なのにどうして、俺の手にある剣は、貴女の胸を貫いているんだろう。


 目の前がぼやけて、滲んで、自分が涙を流していると気づいた。


 既にそこに貴女の魂は無いとわかっているのに、諦めきれない。

 俺の中で何かが囁く。何度、こんなことを繰り返すのかと。


 途端に、意識がどこかに吸い込まれる様な感覚があった。俺は必死に抵抗した。


 もう嫌だ、いっそこんな世界も俺も全部全部消えてなくなってしまえばいい。

 そっちになんか、もう行かない。


 気づけば世界は真っ暗で何にも無かった。自分自身すら見えない……。


 ああ、よかった。もうやり直さなくていいんだ。

 俺は、そう思ってその暗闇に身を任せようとして……。


「ごめんなさい」


 声がした。


 振り返ったつもりでも、結局そこには暗闇しかない。

「ごめんなさい。あの子はまだ世界を育てるには経験が足りていない。でも、私達姉妹は、直接の手助けが出来ないの」


 何を言っているか分からない。俺は、嫌だと首を振る。その謝罪を受け入れたく無いと首を振る。


「何度も戻って、何度も『魔王化』した貴方。積もり積もった大きな魔力は積み重なってとうとう神に肉薄し、世界が戻ることを拒否して別の魂として分離してしまった。……遠くに光が通り過ぎてゆくのが見えるでしょう。あれが魂達の輝き。本来のアレクシスの魂は、あの中にいて、これからまた生まれた頃に戻ってゆく」


 悲しい記憶を持たず、また最初に戻ってゆくアレクシス。俺自身。

 けれどそんなことはどうでもよかった。

 俺は、全部思い出していた。あの苦しみと悲しみを何度も繰り返したってことを。


 今回は、ソフィア姫に操られてあの人の心臓を剣に捧げた。

 ある時は、俺を守ろうと黙って魔王に対峙したあの人が命を落とした。

 またある時は、魔王出現の煽りを受けて一気に増えた魔獣によってあの人が……。


 そして毎回、悲しみのあまり俺自身が『魔王化』して、世界を壊しかける。


「俺に起きた事はわかりました、だからってあの人を取り戻せるとでも?」

「ええ、できるわ」


 俺は、その言葉に必死に声の主を探す。

「落ち着いて、あなたに私達は見えないし触れられない。こちらから何らかの力を与えることもできない、だけど助言はできるわ」

「信じていいのか?」

「他に、あなたにできることがある?」


 どれだけ魔力があったとしても、魂だけになっている自分にできる事は無い。


「貴方は、これからこの闇の中を通り過ぎる『ユリア』の魂に着いて行きなさい。そしてしっかりと彼女の側で見守っていて。『ユリア』の中で。動くべき時が来たら、知らせるから」


 他に手がない今は、その声に従うしかない。

「わかった」


 そう言うと俺は彼女の魂が通り過ぎるのをじいっと待った。

「今よ!」


 声に従い、通り過ぎる光に無理矢理に追い縋る。ぴたりと、離れない様に。一つの魂に見える様に、魔力で自分を包み込んで。



 ◇◇◇



 彼女の中で一緒に異世界を擬似体験し、彼女にだけ『ミスミ』という青年を見せた。

 名前の由来は、あちらの世界で一番最初に姿を見せた、小さな公園の名前から。


 元の世界に戻ってからは、今度はアレクシスの体に移った。

 アレクの意識が眠っている間しか体をコントロールできない中で、時々聞こえる『助言』に沿って動く。


 『氷の騎士物語』の開くページをコントロールし、時にアレクの成長を促してジョンを助けに飛び、ソフィア姫の洗脳魔法に抵抗し、マニュアルの最後のページを差し替えた。


 女神が力を蓄えるために眠っている間に、少しずつ少しずつ世界の流れを変えて。


『このタイミングでアレクが暴走しても、あの子の力は回復が足りず、直近までしか世界を戻せない。そこで力を使い果たせば、下手な介入はしばらくできないわ。その間に今度こそ世界を進めて彼女を取り戻して。あなたの手で』


 言われなくても、やってみせる。彼女を取り戻す最後の一手を打つ。


 ……そうして、は『魔王』としてこの世界にもう一度生まれ落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る