第5話 ドクター・イワノフの正体
日本ではその背景すらよく知られていない、通称ドクター・イワノフ、本名ヴィクトル・レオーノフは、ロシアの首都モスクワで生まれた。しかし、この物語ではレオーノフではなく通称であるイワノフとしておこう。
イワノフが青年期、ドルショップには西側製品が氾濫しているというのに、ルーブルを持つ市民はそれを眺めているしかない。電卓をお土産に持って行った日本人たちはロシア人たちにそれを配りまくって、商談をまとめたものだ。米ソ冷戦が八十年代にピークとなり、やがて、米国との競争による軍備拡張が続き、経済的破綻の末にソ連は崩壊した。
その後、沈滞に満ちたソ連崩壊後、ロシアにはプーチン政権が誕生し、ロシアは資源という武器を持って飛躍的に成長した。ソ連邦内部で負担となっていた地方国家は切り離され、分離独立したためにロシアの経済が回りはじめたのだ。その後、ロシアが力をつけるに従い、それらの諸国は再度ロシアに蹂躙されることになるのだが。
2000年代初頭、ブラジル、ロシア、インド、中国などは新興諸国としてもてはやされ、西側は盛んに投資した。ロシアでは投資をばねにさらに開発が進んだため、財閥が拡大し巨大資源産業が次々に誕生した。
イワノフはそんな新興財閥の幹部となり、静かに政権にちかづいていった。かつてのKGBというのは怖ろしい組織である。人殺しなぞ、平気でやる集団なのだ。しかし、怖ろしい組織を味方につけるというのは、新興財閥にとって必須であり、その筆頭であるプーチンにはぜひ取り付く必要があった。新興財閥の多くは政治癒着と脱税の限りをつくして成長を遂げたものもあり、プーチンは粛清にとりかかったからである。
技術畑出身であったイワノフは、財閥の中で身に着けた政治力をもって、幹部組織の顧問として政権に取り入った。ロシアはソ連時代から技術官僚が重用される傾向があり、何よりイワノフは原子力工学を基盤とした核戦略の重鎮として君臨した。
もとより、イワノフは北海道の大学に留学していた時期もあり、当時はソビエト関係者に解禁されたばかりの宗谷岬に立ち入ったことさえあった。多くの日本人知古を得、また右翼、左翼の大物とも親交を結ぶに至っており、ロシアに戻ってからは、プーチンのもとで日本懐柔と日本の隠れた核武装論者を支え続けた。
そんなイワノフに転機がおとずれたのは、2022年のウクライナ侵攻であった。泥濘の大地で始まった開幕の電撃戦は、ドイツが「大祖国戦争」で犯した轍を踏みつつあった。かつてドイツ軍を苦しめた大地は戦車の機動力を大幅に削減した。また、不十分かつ戦略なき空軍支援の中、スホーイ35など最新鋭戦闘機を有するにもかかわらず、航空優勢をとることすらままならず、ロシア軍はキエフ攻略を諦めて東部での消耗戦がはじまりつつあった。
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