第8話 絶対に勝つ

 すぐにでも開戦しそうな雰囲気だった。

 ユウリはすでに木剣を構えている。ファルシアも気づけば戦闘態勢に入っていた。

 ファルシアの身体には戦いが刻み込まれている。オドオドはするが、戦意を喪失することなど、『絶対にない』。


「それでは早速。参ります」


「参るな」


 ファルシアとクラリスの間に割って入ったのは、サインズ王国騎士団長ネヴィアであった。


「ネヴィア。あんた何でここに?」


「そう邪険にしないでくださいクラリス王女。私は今回の責任者として、立会に来ただけです」


「ふーん。ネヴィアも忙しいのね」


「さて、君が……」


 ネヴィアの視線がファルシアへ向く。

 ――やはり雰囲気が似ている。

 戸惑うファルシアをよそに、ネヴィアはじっと見つめていた。


「あ、あのあの……」


「すまない。少し、私の先輩に雰囲気が似ていたものでな」


「そっそれはどういう?」


 答えようとしたが、ユウリとクラリスを見て、それを思い直した。

 理由は色々とある。例えば、今それを言ってしまえば、クラリスはきっと「それならもうこの試験やらなくても良いんじゃない?」と発言するに決まっている。ユウリはユウリで、「そんな訳ありません。決戦を所望します」などと言って、絶対に剣を収めることはない。

 それならば、予定通り動いてもらったほうが最良の結果となる。僅かな時間で、ネヴィアはそう考えた。


「その話は後にしよう。それよりも、ほうら」


 ファルシアはネヴィアから放り投げられた木剣を掴む。小さな頃から適当な木で作った木剣を振っていたので、今握っている木剣の質の良さはすぐに分かった。

 可能ならば一本持って帰りたいなと本気で思ってしまった。


「ユウリ、木剣も持っていない丸腰の相手と戦おうとするな」


「……すいません」


 シュンとうなだれるユウリ。ファルシアにはなぜか彼女が子犬のように見えてしまった。


「仕切り直しといこうか。私の方から改めてルールを説明させてもらう」


 パンパンと手を叩いたネヴィアは説明を始める。

 この戦いは木剣こそ持っているが、それ以外は実戦を想定した試験だ。

 何度倒れようが構わない。何なら木剣が折れても良い。

 勝ち負けの基準はただ一つ。その一撃は実際の武器ならば『致命傷』となるかどうか――これだけ。

 これは最低限の命の保証がされた、命のやり取りなのだ。


「ファルシア」


 クラリスは何となくファルシアを呼んでしまった。


「なっ何でしょうかクラリスさん」


 呼んでおいて何もないのも恥ずかしい。なので、クラリスはなんとか言葉をひねり出してみせた。


「ビビってる?」


「? ビビってませんよ? どうしたんですか?」


「何でもない。ビビってたら背中でも叩いてやろうかと思っただけよ」


「ほう」


 ネヴィアは思わず唸ってしまった。

 ファルシアの胆力は本物だ。この場ではその言葉は強がり以外の何物でもない。ただし、確固たる意思を持った者以外の話だ。

 彼女にはその『本物』がある。だがまだネヴィアはそれを顔に出さない。

 今はただ、粛々とこの適性試験を進めるだけ。


「双方、距離を取れ」


 ファルシアとユウリは互いに距離を取った。

 それぞれ木剣を構えて見せる。

 ユウリは剣を持った腕を引き、まるで弓を射るかのような構え。対するファルシアは剣を両手で構え、やや上段気味に構える。

 互いの闘気の高まりを確認した直後、ネヴィアは号令を発する。


「悔いのないようにしろ。始め」


 仕掛けたのはユウリからだった。彼女はあっという間に距離を詰めていた。


「速い……」


「すぐに終わらせます」


 勢いを乗せた強烈な突き。ファルシアは冷静にそれを避けて見せた。

 横切ったユウリの視線はファルシアの背中へ。


「あっ」


「シッ!」


 鋭い息遣いと共にユウリは木剣を振るう。

 突進突きから即座に死角への連撃。これこそがユウリの得意技。息もつかせぬ連続攻撃。

 ユウリの得意技の一つである。

 これで大体の者は倒せる――ファルシアが剣を背に回して防御するまで、そう思っていた。


「……!」


「突きを起点にした、すごいコンビネーションです。速い剣が得意……なんですね」


「随分余裕そうですね」


 そう言ってみるが、ユウリの内心は穏やかではなかった。

 この一連の攻撃は、彼女の得意技だった。二度目ならまだしも、初見で防御出来る人間は限られていた。


「余裕じゃないです」


 ユウリの剣速は一級品である。

 だがファルシアから見れば、防御は十分可能。無数に腕が生えているわけではない。冷静に降り掛かってくる火の粉を払うだけでいいのだ。

 後は隙を見て、攻守逆転していくだけでいい。


「ファルシア・フリーヒティヒ、私の攻撃が視えているのですか?」


「か、感覚で?」


「……ならば更に攻撃を強くします」


 宣言どおり、更に攻撃の勢いを強くした。その時ユウリはちらりと団長を見て、すぐに視線を外した。

 少し打ち合って分かった。このファルシアは未知数だ。さっさと倒すに越したことはない。

 ユウリにとってこの試験の目的は『落とす』こと。より強い戦力を示し、さっさと近衛騎士を辞退してもらう。

 自然とユウリは剣を握る力を強めていた。


(強い……。お母さんほどじゃないけど、こんなに強い人とは初めて戦うなぁ)


 自然とファルシアの口角がつり上がっていた。娯楽、とまではいかないが、その時の彼女は間違いなくこの戦いに『楽しさ』を感じていた。

 何度も何度も剣を打ち合う内に、ファルシアの感覚が研ぎ澄まされていく。



「絶対に勝つ」



 ファルシアの赤い瞳から、ハイライトが消失していた。

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