第33話 ウーティップ・チェービー。

クオーとハイクイはさっさと前進して前線基地を抜ける。


馬には休息が必要なので前線基地で別の馬車に乗り換えたが休憩もなく、ある種クオー係になっていたソーリックとの会話も殆どなく「最後の希望に住み着いていた蟻地獄の売人を捕まえました。コイツを連れて行きながら奴らを滅ぼしてきます」とだけ言うと馬車を乗り換えて前進していく。



「また10分が過ぎたね」


クオーはそう言いながら帝国兵の骨を小枝を折るように折る。

悶え苦しむ兵士を無視してクオーは「また10分後に」と声をかける。


「クオー、もう折る所がなくなるからやめときなよ。帝国の奴らがやり過ぎって文句言ってくるよ」

「…不服だよ」


「それにしてもさ、なんでクオーの風刃はあんなに切れるの?それ、風神でもなく風龍なんだよね?」

「魔神の身体を使っていて学んだのだが、ただ出すよりも出す時に鋭さを意識すると出せたんだ。でもすごく疲れたけどね」


そう笑うクオーには白髪が増えていた。

間違いなく3個持ちの影響だろう。


「へぇ、今度やってみるから教えてよ」

「ああ、いくらでも教えるよ。もしかしたら奴らの前線基地で試せるかもしれないね」



クオー達が帝国の前線基地に着くと白旗がクオーを出迎えた。

拍子抜けしたがクオーとハイクイの前に現れたのはかつてマリア・チェービーを引き渡した日に居た兵士だった。


「これは何の真似ですか?」

「その男、ロカオが居ると言うことは特殊任務は失敗したのでしょう。その際にはキチンとお出迎えをして事情をお話しするように言われています」


「誰に言われました?」

「ウーティップ・チェービー様、この希望の島の領主です。本来ウーティップ様はこの任務に異議を唱えて居ましたが立案者のセーバット・ムーン氏の方が立場が上で断れるものではありませんでした」


「セーバット…、何者です?」

「帝国の学者…軍医です。戦意高揚、鈍痛効果の薬品を作った結果蟻地獄が出来たので隔絶された希望の島で性能実験をしたいと言い出しました」


確かにクオーに手足を切断された女は蟻地獄を飲ませると苦痛を口にしなくなった。


「その者は?」

「帝都におります」


クオーは何としてでもジン家として帝都に乗り込みセーバットを殺すと言う目標が出来て燃え上がる。


「それで?俺たちはどうすればいいの?クオー?」

「そうだねハイクイ。この先の事をどう考えてます?話だけでも聞きます」


クオーが窓口になって聞いていると「この場で3時間程お待ちいただければ我々なりの落とし所の用意ができます」と兵士が言う。

ハイクイが「罠?」と聞くと兵士は慌てて「違います!」と言う。嘘はついていない様子だった。


「ハイクイ、罠ならそれを打ち破って帝国の港を破壊しに行こう」

「んー…クオーが言うならいいよ」


ここでロカオを連れて行くように命じた兵士は怖い顔で「帝国側にも蟻地獄の被害が出ています。希望の街は中毒者に溢れかえっていてとてもすぐに立て直せるものではない。セーバットはこっそりと希望の街にも蟻地獄をばら撒いて…。私の家族も…」と言った。


「性能実験。より多くのサンプルを見る為にですか?」

「ええ、おそらく」


これで帝国側も少なからずダメージを受けている事がわかりクオーは破壊者の顔をやめると「では待たせてもらいます。私達は怨敵。室内は申し訳ないのでこの場で待たせて貰います」と言って地べたに座り始める。


「んじゃ馬を休ませて基地で貰ってきたお昼食べようよクオー」

「そうだねハイクイ」


クオーとハイクイは何を言われてもその場で待ち、何を出されようとも口にせずに待つと兵士の言った通り3時間で立派な馬車がやってくると中からキチンと正装に身を包んだ人間が現れた。


男は兵士から話を聞いて呆れながらも「3時間も炎天下で待たせて申し訳ない。私の名はウーティップ・チェービー。失礼ながら名を知らぬので紅白の方と風の方とお見受けしました」と言う。


クオーはキチンと立ち上がりハイクイに立ち上がるように指示をすると「王国が家門の一つ、ジン家のクオー・ジンと申します。こちらは家族の…」と言ってハイクイに「名を名乗って、姓もだよ」と言うと「ハイクイ・シータ」と言った。


「ジン家?あの武門に秀でた?それではあの武勲も納得です。本日は遠路はるばるお越しいただきありがとうございます。少しお話をさせてください」

「ご丁寧にありがとうございます。私はジン家を名乗っても躾もなっていない破壊者。この場に相応しい服も持ち合わせておりません。ですが最大限の礼儀を持って参加させていただきます」


このやり取りにハイクイは「…クオー、なんか別人みたいで気持ち悪い」と漏らす。

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