第6話 ズエイの見誤り。

リユーの恐れていた事はすぐに起きた。

「うぉぉぉぉぉっ!!」と雄叫びをあげたクオーは「コイヌ!コイヌ!何故お前が死なねばならない!」「ジン家は怨みを忘れない!お前の痛み!お前の苦しみ!お前の恐怖を全て代わりに晴らしてやる!待っていろ!お前の墓前に首を供えてやる!」と言ってベッドにコイヌを寝かしつけると扉に向かって走り出した。


「やめろクオー!ジン家の悲願を忘れるな!」

リユーが剣を構えて前に出るがクオーはリユーを一瞥すると「邪魔だ!ジン家はお前が救え!私は娘の仇を討つ!」と言って一閃の元にリユーを吹き飛ばしてしまう。


ボラヴェンは「げ…速すぎて見えない」と後退り、サンバは「強い…」と身構える。


他の団員達も身構える中「皆には迷惑をかけない。この3日間の厚誼には感謝する!今から私はゲーン探索団ではない!皆とは無関係!行かせてもらう!」と言ったクオーの前に立ちはだかったのはハイクイで「ウチは辞めるのにリーダー…ダムレイの許可がいるんだ。勝手にやめられない」と言うなりクオーに殴りかかる。


クオーはハイクイの拳をかわして蹴りを放つとハイクイは「アンタやるね」と言って蹴り足に飛び乗る。


それを見たボラヴェンが「バカ!ハイクイ!バレるって山猿の毛は使うなって!」と注意をするがハイクイは「別に家の中なら性能テストで済むよ。ボラヴェンは慎重だな」と言ってクオーを睨む。


「神のカケラか!?身のこなしは達人だとしても!私には師が授けてくれた拳と娘の怨みがある!」

蹴り足に乗ったままのハイクイを宙に打ち上げて空中にいる間に「殺しはしない!許せ!」と蹴り狙ったクオーは「が!?」と言って倒れ込む。


「な…何!?金縛り?」と言うクオーにダムレイが「何やってんだ、頭冷やせよ」と言って身軽に着地をしたハイクイに「ハク、お疲れ」と声をかけるとハイクイはクオーを見ながら「ダムレイ、助かったよ。コイツ何も持ってないのに強いよ」と報告をする。


「本当…くっ、俺の大蛇の束縛を無理矢理こじ開けようとしやがる。魔物の動きすら止めるってのに馬鹿力め…ハクも頼む」

ハイクイも「マジで?」と言いながら右手を前に出すとようやくクオーは大人しくなった。



今も「離せ!行かせろ!」と怒り狂うクオーの前にズエイが現れて「落ち着け、仕事をやる。俺の駒に手を出したバカを見せしめにするぞ」と言う。


「なに?」

「丁度いい。お前とリユーで来い」

ズエイの圧に飲まれたクオーは大人しく従った。


玄関で見送るダムレイとボラヴェンは「初仕事、しくじるなよ?」「本当、躊躇なくやってよね」と言う。

その後ろで「大丈夫、コイツは俺とダムレイの力でギリギリの馬鹿力だからさ」と言うとクオーを見て「コイヌの葬式は用意するから早く帰ってきなよ」と言った。


家族以外にぶっきら棒なハイクイが好意的なコメントを出していて驚くサンバ達だったがインニョンが「お願い!私達は行けないからコイヌの恨みを晴らして!」とクオーに話し、クオーはようやく仕事の意味を理解して「任された」と言った。



外に出るとズエイが「子供達の手前、口を荒くしてすみませんね」と営業スマイルで話す。


クオーは「雇用主なのだから問題ありません」と言うとズエイは「いえいえ、お二人は投資対象ですので好印象でいたいものです」と言って前を歩く。


「少し聞いても?」

「モノによりますよ」


「この街で神のカケラは使えないのですか?」

「ええ、数少ないルールの一つです。自滅と共倒れを恐れて結ばれた協定ですね」


「兵殺しは罪では?」

「現行犯逮捕なら」


「私とリユーだけなのは?」

「アイツらはバカですが小狡いので神のカケラを持つ人間に殺されると証拠が残るようにしてあります。私を含めゲーン探索団の人間で現存するものは皆カケラ持ちですので証拠が残ります。普段ならコイヌのようなカケラを持たない子供やハッピーホープで女を使うのですが折角なのでお二人を使う事にしました」



ハッピーホープに行くと兵士は上機嫌で酒を飲んでいた。

それもコイヌの話を持ち出して馬鹿笑いまでしている。


苦しんでうずくまる姿は人間未満のクソカキにお似合いだと言って上等な肉を食べる。

固く臭い肉をうまいと喜び、弾ける笑顔で喜ぶコイヌを殺したコイツが苦しむコイヌを笑い肉を食べる。その姿を見て怒りに震えるクオーをリユーが抑えながらタイミングを伺うと兵士は他の兵士から「ゲーン探索団の仕返しがあるから今日は部屋に戻ってろ」と言われていたが意に介さずに「平気だ、俺はカケラを使われれば証拠が残る。それを恐れてゲーン一味は何もできねえよ。舐められたら終わりだから逆にゲーンの宿屋に行って女でも買うか!?ハッハー!!」と高笑いまで始める。


ズエイは殺気溢れる目で「ほぅ、舐められたモノですね。リユーさん?クオーさん?」と声をかける。


「安心しろ、クオーはジン家で1番恐ろしい男だ」

「ズエイ・ゲーン。雇用主にこのような口振りは申し訳ないのですが、物足りなければリユーに、まずは私にやらせてください」


この時、ズエイの背筋は凍った。

ハッピーホープも欲望の島の中では比較的安全だがあくまで欲望の島での話で島の外では王都なんかではスラム街と何ら変わらない暗黒街である。


そこで何年も死線を潜り抜けているズエイが冷や汗をかくなんてそうないクオー・ジンの殺気に背筋が凍った。



ズエイ・ゲーンは完全に見誤っていた。

リユー・ジンが武闘派。クオー・ジンはそれを制御するブレーキ役だと思っていた。

だが今はクオーが武闘派でリユーがブレーキ役になっていた。


クオーは決してコイヌの仇から目を逸らさずに「ズエイ・ゲーン?防音は?」と確認をする。

ズエイは「ええ、ウチの若いのに静寂の水面という神のカケラを持つものが居ます。どんな絶叫も漏らしません」と言ったがクオーは「漏らしてしまったらすみません」と言う。

それは即ちあり得ない絶叫が漏れる事を意味していた。


「手筈は?」

「手洗いに行ったところを捉えます。そのまま最短最速で我が店の地下室へ」


「仲間達へは?」

「ジェラワット、来い」


この声で近くにコイヌくらいの少女が来る。

少女はクオーの殺意に慄いていたが飼い主のズエイの手前逃げ出せずに居る。


「この子はジェラワットです。この子が兵士達にあの男が女と消えたと伝えます。買われた女が子飼いの娘に伝言を頼む。この街では当たり前の光景です」


クオーはその事には興味を示さずにジェラワットを見て「何故この子はこっちでコイヌは?」と聞く。


「この子は母親が手放さなかった可哀想な娘です。確かに最後の希望に行かさなければ衣食住はありますが自由はない。こんな幼女すら求める奴らに身体を売る羽目になる。我らは求められれば拒否をしません。それがルールです。そして壊されても何も言えない。解放の条件は皆等しく子を3人産み、最後の希望へと送る事。仮にこの子が壊されて子を成せぬ身体にされれば救われる機会はありません」


そう聞くとクオーは目の前のまだ身なりのしっかりとした少女には別の不幸がまとわりついているように見えた。


「わかりました。今回の報酬…いや、何かこの子に出してもらえますか?」

「ええ、ジェラワットには菓子をやりましょう」


ジェラワットは驚いた顔でクオーを見る。とても自身を案じてくれる人だとは思えなかった。だがクオーはジェラワットに優しく微笑んで「君を頼らせて貰う。兵士達にうまく伝えてくれ」と言うと行動を開始した。


手洗いに行く兵士に残りの兵士達が「危ないから付き合うぞ?」と言ったが酒も入り気が大きくなった男は「バカ言うな!怖いものなんて何もねえ!」と言うと一人で手洗いに行く。

そして二度と戻らない兵士の代わりにジェラワットが「兵士さんはお姉さんの所に行くと言っていました。お支払いはこれで足りるはずだとお金を渡してくれました」と言って紙幣を持っていく。


呆れた同僚たちは「アイツ…?気が大きくなって女を買ったのか?」と言って顔を見合わせるとジェラワットから紙幣を受け取って「わかった。お使いお疲れ。危ないから早く帰れ」と言った。


「はい。ありがとうございます」と言ったジェラワットはそのままゲーンの店に帰るが、この日は二度とクオー・ジンを見る事はなかった。

代わりに客に出す上等なクッキーが4枚も用意されていた。

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