【短編】【朗読推奨】『踏切の町』
雨宮崎
踏切の町
僕らの町のやや離れた場所に、踏切があった。その踏切は一度遮断すると、とても長い時間開かなかった。人々は踏切を待つ間中、様々なものをそこで売り始めた。
そうして踏切の近くは、ちょっとした商業の中心となり、自然と人が集まった。
商売に必要なスキルはいろいろあるけれど、僕が思うのはまず商品のイメージ。それから客とのトーク力、そして一番大事なのは。
「ここでは何を売っているんだ」
僕の店に誰かが訪れた。
僕はお訪れたお客に笑顔で対応する。
「旅のお方ですね。いらっしゃいませ。ここではお菓子とお茶を販売させていただいております。休憩もできますよ」
「お菓子か。どんなお菓子なんだ」
「はい、よく聞いてくれました。どうぞお座りください」
「いや、ここでいい。聞いただけだ。大した物じゃなければここに用はない」
フードを目深に被った、とても体格のいい男だった。おそらく旅人であろう。ここいらでは踏切を待っている旅人が主な客層である。踏切の向こう側へ渡る手段が他にないわけではないが、遠回りして西にある大きな山を登るか、東にある大きな湖を船で渡るかしかない。どちらもその労力のわりにとても時間がかかる。
「そのお菓子とやらは、どういうものなんだ」
「はい。ここでは、『踏切焼き《ふみきりや》』を売っています」
「『
男が怪しいものを見るような目でこちらを見つめる。
僕は男に、『踏切焼き《ふみきりや》』の説明を笑顔で行う。
「はい、『
僕の説明を聞いた客は、被っていたフードを脱いで素顔を晒した。中年の浅黒い顔の男は、並べてある『
「レールの上で焼いたのか」
「正確にはレールの温度を利用して焼いたお菓子です。お菓子作りは本来、もっと高温でじっくり時間を掛けて焼き上げるのですが、ここの踏切はご存じの通り、とても長い。だから焼き上げるのは、列車が踏切を通り過ぎてからになります」
「普通に焼いた場合と何が違うんだ」
「お客さん、よく聞いてくれました。説明してもよろしいですか」
「まぁ、時間はあるからな」
「ここの踏切は長いですからね」
僕はここの『
「まずはこれをどうぞ、お試しください」
「ほう、これがそうか。いただくぞ」
浅黒い男は、ごつごつした指で『
「どうですか。美味しいでしょ」
「うまい!すごくうまいぞ」
「そうでしょ、そうでしょ」
「ふんわりと柔らかい生地に程よい甘さがあって、しつこくない後味。これ、お前が作ったのか」
「そうです」
浅黒い男が、喉を少し鳴らしたので、僕はすかさずお茶をコップに注いだ。
「それは、なんだ?」
「『踏切茶(ふみきりちゃ)』です」
「『踏切茶(ふみきりちゃ)』? なんだ、それは」
「町で取れた茶葉と独自に開発した企業秘密のシロップを混ぜて、レールの上の60度の温度でじっくり熱ししたお茶です」
僕の説明を聞いた浅黒い男は、担いでいたリュックや腰回りのポシェットを下し、そばにあった木の椅子に座って完全にくつろぐ体勢となった。
「これもレールの上で焼いたのか」
「正確にはレールの温度を利用して熱したお茶です。本来お茶は、もっと高温でじっくり時間を掛けて煮詰めるのですが、ここの踏切はご存じの通りとても長い。だから焼き上げるのは、列車が踏切を通り過ぎてからになります」
「普通に煮たものと何が違うんだ?」
「お客さん、よく聞いてくれました。説明してもよろしいですか」
「まぁ、時間はあるからな」
「ここの踏切は長いですからね」
僕は男が座っているテーブルに『踏切茶(ふみきりちゃ)』を運んだ。
男は差し出されたお茶を吟味するように眺めたあと、ゆっくりと分厚い唇を近づけ、これまた一気に飲み干した。
「どうですか、美味しいでしょ」
「うまい!すごくうまいぞ、これ」
「そうでしょ、そうでしょ」
「ちょうどいい温度のお湯に含まれた深い渋みと清涼感にも似たすっきりとしたのど越し。いくらでも飲めてしまう。なにより『
「そうです」
浅黒い男は『
「良い組み合わせだ。ところで俺はお前に何か質問した気がするのだが、何を質問しただろうか」
「質問ですか。お客様は何か質問されましたか」
「うーん、何か質問した気がするのだが」
「『
「そうだったか。まぁ、いい。なぁ、この踏切焼きとやらを2個もらえるか、あとお茶のおかわりを頼む」
「毎度ありがとうございます」
僕は作り置きしていある『
「お待たせしました」
浅黒い男は、出されたお菓子とお茶を、今度はじっくり味わうようにして食べ進めた。
すぐ近くを、どこまでも連なった列車が通り過ぎる。途切れることを知らない。ここで商売をする人間は、自然と声が大きくなり、老年になるにつれてひどい難聴に悩まされる。それでもこの町のシンボルである踏切の周辺では、商売をする人間が後を立たない。長い時間を待たせるここの踏切は、人を引き寄せる何かがあるのかもしれない。
「うまい。本当にうまい」
「ありがとうございます」
「各地を旅して来たが、こんな不思議な味のする菓子を食べたのは初めてだ」
「お客さんは、この町は初めてですか」
「いや、以前一度訪れたことがある。もう随分前になるが」
「なるほど」
「俺が以前この町を訪れたときも、ここの踏切の遮断機はずっと降りたままだった。まさか遮断機が上がるまでに半日以上待たされるなんて思いもしなかった」
「僕の爺さんの時代から、ここの踏切は長かったようです」
浅黒い男がお茶をひとすすりし、「そう聞くと、長い歴史を感じるな」と遠い目をして列車を眺めた。どこまでも続いている列車は、途切れることを知らない。
「そもそもこの列車は、いったい何を運んでいるんだ」
「それが僕らにもわからないのです。いったい何を運んでいるのか、何のために運んでいるのか、そしてどこに向かっているのか。噂ではどこかの国と国が長い戦争をしていて、大量の武器が運ばれているとも言われています。あるいは、」
「あるいは、なんだ?」
「『
「もうらおうか。もう2個くれ」
踏切焼きを男のテーブルに置いてある皿に2個追加した。
僕は話に戻った。
「これは最近流れてきた話なのですが、列車の中は実は無人で、誰一人として乗っていないとか」
「誰も乗っていない列車だと?だったらなんのためにこんな長い列車を走らせているんだ」
男は強い疑問を顔を浮かべ、『
「おそらく、ここの踏切の列車が無くなってしまったら、ここいら周辺の経済がストップしてしまう。この踏切があるおかげで、人々はここに集まり、商売をし、経済を動かしている。だから列車を止めるわけにはいかない。ここの経済が停滞したら困る連中が、何かしらの権力を使って何も運んでいない、誰も乗っていない列車を走らせている、とか」
「なにかの陰謀論だな」
「たしかに。この話には何一つ根拠がありませんからね」
「しかし面白い話だ。お茶をもらえるか」
僕はコップにお茶を注いであげた。
男は一口すすり、味わうように嚙みしめている。
「ところでさっきからいい香りがするのだが」
「あー、それはおそらくこれでしょう」
僕はテーブルに飾ってある、花瓶を指さした。透明なガラスに緑色の細長い草が差してある。
「これは、なんだ」
「これは『
「『
「この町の周辺に昔から生えている草を、独自に開発した企業秘密の肥料を混ぜて品種改良を行い、根元から摘み取ったものをレールの上の60度の温度で軽く熱しました。そこから水に差しておくと独特の爽やかな香りを漂わせるのです」
「なら、これもレールの上で焼いたのか」
「正確にはレールの温度を利用して熱しました。本来草は熱に非常に弱く、抜いてしまうとすぐに枯れてしまうのですが、この草は独自の改良によって60度の熱にも耐えられるようになりました。ここの踏切はご存じの通り、とても長い。なので熱するのは列車が踏切を通り過ぎてからになります」
「さっきから気になっていたのだが、お前たちのその独自の改良やら技術とやらはいったいどういうものなのだ?」
「お客さん、よく聞いてくました。説明してもよろしいですか」
「まぁ、時間はあるからな」
「ここの踏切は長いですからね」
男はテーブルの上にある『踏切草(ふみきりそう)』の香りを熱心に嗅いでいる。列車が作り出すゆるやかな風が、『踏切草(ふみきりそう)』を静かに揺らしている。
「今までに嗅いだことがない香りだ。柑橘系の香りを薄くしたような、それでいて草原に寝転んでいるような爽快さもある」
「じつはこの草、乾燥剤としても優秀で、そばに置いておくだけで食品の劣化をある程度防いでくれるんですよ」
「なに、そうなのか。旅をしている俺にとっては、ぜひとも欲しい」
「ええ、もちろん販売していますよ。購入されますか」
「もちろんだ。2つくれ」
「ありがとうございます」
僕は『
「お前、なかなか商売上手だな。ここでけっこう金を落とした気がする」
「ありがたい限りです」
「ふむ、なんだか不思議な気分だ。さっきから俺はいろんな疑問符が頭に浮かんでいた気がして、それらは一切何も解消されていないにも関わらず、今はとても心地が良い」
「恐れ入ります」
「なぁ、俺はお前にさっきからいくつか質問していた気がするのだが、何を質問しただろうか」
「お客様は何か質問されましたか」
「うーん、何か質問した気がするのだが」
「『
浅黒い男は何かが引っかかっているようで、低い声で唸り続けている。
列車はどこまでも続いている。
「ダメだ。なんだろうか、この感覚。俺はいったい何が気になっているのだろうか」
「焦らないで大丈夫ですよ」
「まぁ、時間はあるからな」
「ここの踏切は長いですからね」
浅黒い男が、静かにお茶を飲み、お菓子もあっという間に食べ終える。
彼は一呼吸置いた後、こちらを向き直り、
「ところでこの店に名前は、もしかして」
「はい、ここは『
「まさにこの場所にふさわしい名前だな」
「恐れ入ります。あ、お客様、そろそろ遮断機が上がる時間ですよ」
「おや、そうか。やれやれ、本当にここの踏切は長い。やっと向こう側へ行ける」
「お気をつけて。またいつか来てください」
「うむ。この町に寄ることがあったら、必ず来る。それまでお互い元気でいよう」
浅黒い男はそう言って荷物を抱えて去っていった。
僕は彼が見えなくなるまで頭を下げる。これも商売の基本だ。
そして列車が通り過ぎ、半日ぶりの静寂が訪れる。相変わらず喧騒は聞こえるのだが、列車が過ぎ去った後のこの独特の静けさが僕は好きだ。列車の音が消え、人々の声と風の音しか聞こえない。どこか安心した気持ちになる。
遮断機が上がり、多くの人が反対側へ渡り、あるいは反対側の人間がこちらへやってくる。
僕もお店をクローズにして、反対側へ渡り、そこにいるとある人物に逢いに行く。
その人物は反対側でお店を開いており、いつもやる気がなさそうに新聞を読んでいる。
僕はその人物に近づいて挨拶をする。
「やぁおじさん、こんにちは」
店主は僕の姿を確認すると、
「お、よく来てくれたね。待っていたよ」
「いつものください」
店主は「はいよ、ちゃんと置いてあるさ」と言って簡易テントの中に入り、大きな箱を抱えて戻ってきた。
「はいよ。これでいいかい」
「ありがとう」
僕はその大きな箱を受け取り、代金を払った。
「しかし、君も若いのに大変だね。家族がたくさんいるんだろ」
「え、あ、まぁ、そうですね」
「いいことじゃないか。それをたくさん食べさせてやるんだぞ」
「ありがとうございます」
「お礼を言いたいのはこちらの方さ。うちの商品は全然売れないから困っているんだよ。今日だって2個しか売れなかったんだからさ。しかもそのうちの1個は腹減って自分で食べた分さ。まったく、みんな商売がうまいよ。どうやったら他の店と差別化できるのかねー」
「僕はここのお菓子が好きなので、このままでいいと思います」
「そう言ってくれるとうれしいよ。近頃じゃ、商品の転売が横行しているみたいでさ、その商品を買って、値段を高くして売っている連中がいるそうじゃないか。もしそうだとしたら、普通に正攻法で商売している俺らは大損じゃないか。まぁ、食べ物で転売する奴なんてほとんどいないとは思うけど。食品の転売なんて管理が難しいに決まってる」
「僕はこのお店のお菓子が大好きなので、転売とか不況とかに負けないで頑張って欲しいです」
「うれしいこと言うじゃないか。まだまだ頑張ろうかね」
「あと、いつもの『アレ』もください」
「おお、そうだな。この草も、ここまで商品を持っていくときにはクッションとして使えるんだけど、帰りはいらないから邪魔なんだよ。このお菓子が売れなかったら全部ここで破棄するからな」
「けれどいつもタダでもらっているし、今日はお金払いますよ」
「いいんだ、いいんだ。タダで持っていってくれ。兄ちゃんにはいつもごひいきにしてもらっているからな」
「ありがとうございます」
そして僕はたくさんの『それ』が入った箱たちを抱えて、店主にお礼を言った。
「なぁ、兄ちゃん、いつも思うんだが、その草はいったい何に使うんだ?」
「よくぞ聞いてくれました。少し説明してもいいですか?」
「お、そうだな。あ、いや、もうそろそろ踏切が閉じてしまうぞ、早く戻るといい。半日は向こう側へ行けなくなるぞ」
商売の秘訣をその店主に伝えたいところだけど、あいにくこればかりは教えることができない。ネーミング、イメージ、お客とのトーク力、営業力。いろいろあるけれど、一番大事なのはやはり、少ない労力で確実な利益を産むシステムの構築といえるといえるだろう。
とはいえ、こういう商売の仕方がいつまでもうまくいくとは限らない。この方法も潮時の見極め方が大事だ。時がきたら潔く次の商売を考えなければならない。少ない労力で、確実な利益を産む方法を考えなければならない。祖父の代から僕らは『そのように』して商売をしてきた。僕ら一族は常に新しい商売の方法と、より最低限の労力で最大の利益を生む方法を考えながら、日々暮らしている。
じっくりアイデアが降りてくるのを辛抱強く待つのである。
まぁ、焦ることはない。
時間はいくらでもあるし、ここの踏切は長いのだから。
【短編】【朗読推奨】『踏切の町』 雨宮崎 @ayatakanomori
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