おそらく間違いないですね。(前領主夫人視点)



「明後日にはエルフっ娘が来るだろうから、またおいで。今度は正面から来なよ」

「うん、またねー」


 手をヒラヒラさせて、『カリちゃん』が姿を消した。

 現れたとき同様、何の前触れもなく忽然と、だ。


「マリアベル様」


 侍女が声をかけてくるが、私はそっと手でまだ気を抜くな、と夜会の時のサインで伝える。


「……まったく、寿命が縮むよ。突然現れるのは勘弁だね」

「マリアベル様、そんな、死なないでください! とか言っといた方が良いですか?」

「ハッ、私ゃあと35年は生きるよ。安心おし」

「ふむ、確かに前に聞いた時は40年でしたから5年縮まってますね。なんということでしょう」


 領主の城の中、音も無く、突然私達の目の前に現れたあの子。気配察知が得意な侍女でも直前に違和感を感じた程度。実際に姿を現して、ようやく侵入者だと分かったのである。

 それはすなわち『あちらは一方的にいつでも監視できる』ということだった。


 彼女の話をする以上、下手に気を抜くことはできない。しばらくは夜会――貴夫人の戦場――と同等の厳戒態勢で過ごすべきだろう。

 少なくとも、エルフとの取引が終わるまでは。

 侍女たちにも、それは伝わったようだ。



 そのまま、兵たちへエルフの捜索はもう必要ない事、エルフを移送中の護衛部隊に戻るように伝えることを通達する。それを終えて、ようやく自分の部屋に戻り――あらためて、盗聴防止の魔道具を起動した。


「気休めかもしれないけど一旦これで話をするとしようかね」

「マリアベル様。あの者は、一体」


 先日の公衆浴場で、笑いながら体を隅々まで洗ってやった小娘。私が前領主夫人ということを知らない世間知らず――なのは、まぁ田舎者の平民なので仕方ないかと思っていたのだが、まさか、これほどの重要人物だとは思わなかった。


「錬金王国が滅んだのは聞いただろう? 一夜にして都が壊滅し、七日七晩かけて磨り潰されたと。ああはなりたくないもんだね」

「それは、つまり」

「詮索はしない方が良いだろう。カリちゃん、マリア婆、オバちゃん達。それでいいじゃないか。それで通す。いいね?」

「……大丈夫ですかね、それで?」


 不安そうな侍女。しかし、これ以上ない関係だ。

 仮に、あの『カリちゃん』が錬金王国を滅ぼした存在なら――その者と気安く話せる友達の立場と、ただの前領主夫人という立場。

 どちらが上か、簡単に分かることだ。


 もっとも、この「仮に」は取っ払っていいだろう。

 カマをかけたら明らかに錬金王国の事情を知っていた。そして、その上で一切の驚きが無かった。つまり、当事者であるのだ、あの子は。


 また、神器『ポセイドン』を海上で撃破するだけの武力もある。神の加護に守られたはずの船を真っ二つにするなど、人には到底出来得ることではない。



 ――それはもう、そういうことだ。状況証拠が揃いすぎている。



「大丈夫さ。私の見立てでは、あの子は、基本的には善人だ。私らが悪意をもって接しない限りは、あちらも危害を加えては来ないだろう」

「……領主直属の海賊たちを壊滅させられたのでは?」

「あれはもう、やりすぎたから、処分する寸前だったんだ。手間が省けて助かったんだよ。そうだろう?」

「ああ。そうでございましたね」


 念を押すと、ニコリと答える侍女。

 エルフに手を出してしまった上に、荷を奪われたからとはいえ許可のある船を襲おうとしたのだ、実際にやりすぎだった。その上、海上においては神器『ポセイドン』により領主ですら手が出せなくなる厄介な戦力。

 だから、手間が省けてよかったのは、本当に本当なのだ。



「ああそうだ。息子もうっかり勘違い・・・してるかもしれないね。ヘルザ、念の為だ。息子に確認しといておやり」

「かしこまりました、マリアベル様」


 そういって侍女ヘルザを、領主をしている息子に忠告に向かわせる。

 逆らうな、逆らったら滅ぼされる相手。相手はあの錬金王国をこの大陸から消した存在なのだと。そして、一切の報復を考えず、なにも強制するなと。



「なぁテレサ。あの子からエルフのニオイはしたかい?」

「はい。それもかなり濃厚に。また、おそらく閨を共にしたのではないかと。先日徹底的に洗ってあげたにもかかわらずあの強烈なニオイ、間違いないですね」

「あー……そうきたか。やれやれ、その辺をあちらさんにどう説明したもんかね」


 狼獣人の血が入っている侍女テレサはとても鼻が利く。嗅覚のおかげで毒殺を免れたことも多くある、信頼に値する鼻だ。

 そのテレサが断言するのだから、そうなのだろう。もしこれでずっと洗ってない毛布に2人で包まって寝こけただけ、とかだったら逆に驚きだ。



「これだから人生は辞められないね。あと50年は生きるよ私ゃ」

「おや。伸びなおしましたか?」

「若者の元気を吸ったら寿命は超えるもんさ。あんたもあと20年すりゃそうなるから覚えときな」


 まったく、厄介な存在と友達になっちまったもんだ。

 ……友達でいるうちは、心強い事には変わりないんだろうけれど。


 折角だし、錬金王国の跡地についてどうしたらいいか聞いてみるかねぇ。


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