海の王(ゴメス視点)
神器『ポセイドン』。それは、船の心臓部であり、船そのものでもある。
普段は船の舵も動力もその加護により思いのまま。見渡す限り何もない水平線に至っても、祭壇の水晶玉によって自身そして他船の位置を把握できる。六分儀要らずだ。
『ポセイドン』を内蔵した船は、敵が入ることを良しとしないのである。
それはつまり、獲物の船に隣接した際、敵が一切こちらに乗り込めないことを意味している。入り込めるのは俺達が連れて共に船に乗り込んだ者だけ。
つまりは、こちらで無力化しおえた捕虜くらいのものなのだ。
索敵や操船の他に『海上における絶対防御』という力が備わっている。
あらゆる攻撃を弾くし、船同士をぶつけても必ず打ち勝つ。こちらに反撃すべく乗りこもうとしたヤツは見えない力場に弾かれて海に突き落とされ藻屑となる。
海の神に挑もうとした者への当然の報いだ。
また、『ポセイドン』を有する船が海洋魔物に襲われることはない。
海の神である『ポセイドン』に襲い掛かる不届き者など、海には存在しない。
だから、通常の輸送船に必要な魔物除けの魔法陣も不要なのだ。
さしずめ俺は、神に認められし海の王なのだ。
王だったのだ。
「な、船が……船、船ぇ!?」
――その力の根源である船が、真っ二つになっただけではなく、消えていた。
「……はぁぁああ!?」
ついでにいえば、海も四角く切り取られていた。俺達乗組員だけを残して、船と、海の一部が消えた。
遅れること数瞬、俺たちは切り取られた海に落下し――海に居ながらにして前後左右からの波に挟まれ沈められるという、あり得ない体験をすることになった。
「がぼぼがぼがあががががが!?」
周囲の手下たちが波に押し寄せられて、ぎゅうっと押さえつけられている。
離れろ馬鹿、これじゃ泳げないだろ!? と周囲の馬鹿どもを押しのけて水上へと向かう。
ぷはぁ! 水面に顔を出す。
「な、なにが、おきた!?」
「おっと。さすが船長、自力であがってきたかぁ」
そこには、小さな手漕ぎボートと……その船に立ってこちらを見下ろす女が居た。
こいつは、なんだ? 何者なんだ? 倉庫で荷と共に消えた女。俺に恥をかかせた女。ゴーレムを素手で投げ飛ばした女。
……ああ? なんで? なんでこんなことになった? 頭が回らない。
「きさ、ま! 何をした!? 俺に何の恨みがあるってんだ!?」
「えー? 私は特に恨みはないけど、私は強盗らしいからね。船も強盗してみましたぁ、なんつってー! っていうか、依頼主に頼まれてって言ったじゃん」
ケラケラと笑う女。
くそ! 何がおかしい!? ああ、どこまでも腹が立つ!!
「今すぐ全部返せ! そうしたら許してやる! そのボートもこっちに寄越せ!」
「あはは、なんで? 別にアンタに許されなくてもいいんだよ私は。うりうり」
く、ぐっ、オールにつつかれて、近寄れないっ! 馬鹿にしやがって!
「まぁ海水でも被って頭冷やして落ち着きなよ。そんなカリカリしてるのアンタだけだよ?」
言われて首を回してみれば、部下たちが俺と同様に海面に頭を出していた。ひどく、怯え切った状態で。
「ねぇ分かってる? ここ、海のど真ん中なんだよ」
「そうだ! いますぐ元に戻せ! 何もかもだ! そうすれば俺の女にしてやってもいいんだぞ!」
「は? 馬鹿じゃねぇの? それ交渉のつもり? 神器ってのは使うほどに頭がおかしくなる代物なのかねぇ。神の力を使う代償みたいなやつ?」
「ハンッ! そうだ。どんな卑怯な手を使ったか知らねぇが、俺には海の神、無敵のポセイドンがついて――」
――『ポセイドン』は、船である。
そして、船は、ない。ない。ない、だって!?
「ああああ!? そうだよ! おい、おい、返せ! 俺の船だぞ!? 神の力だぞ!? 俺の力だぞ!!」
「えー、今ようやく理解したの?」
「お前が船を、荷を返せば全部解決するんだ! 返せ、返せぇええええ!!!」
「いやマジでこの状況でそこまで言えるのすごいねー」
訳の分からないことを言ってため息をつく女。
というか、この俺がここまで頼んでるんだから返すべきだろ!?
なんで返さないんだ!!
「君達ィー? 命乞いしたやつはあそこに見える船まで連れて行ってあげるよー?」
女がそう言って指さした先には、俺たちの獲物――獲物だったはずの船が小さく見えていた。
「ハッ、誇り高いゴメスティ海賊団が命乞いなど――」
「たっ、助けてくださいぃ!」
「俺もっ俺も死にたくない!」
「おめぇら!? 何勝手にこんな奴に命乞いしてんだ!?」
俺は立ち泳ぎしながら、命乞いした馬鹿を一人ぶん殴った。
「うるせぇ! 船がないんだ、お前なんかもう船長じゃねぇ!」
「なっ!?」
手下が殴り返してきた。馬鹿な、俺は船長だぞ!? ばかな……
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