第109話 確かに視えたのだ、“あの人”が
レヴェルス以外の襲撃者は皆、クレゼリア王国軍の治安維持部隊に引き渡されることとなった。
事前にガレハドが根回ししていたこともあり、驚くくらいスムーズな手際だった。
「……確かに十一人だ。間違いなく引き受けた」
ディノラスが書類に色々と書き込んでいる内に、彼が連れてきた兵士達が襲撃者たちを馬車に押し込んでいた。
「よろしく頼む。しかし、まさかディノラス殿がわざわざ出向いてくれるとは思わなかった」
「……他の奴ならともかくガレハド卿に何かあれば、俺とアルザの首が危ないのでな」
「いやぶっちゃけすぎでしょ」
じろりとディノラスはシャルハートを睨みつける。すると、細めた目が僅かに開かれた。
「貴様、いたのか」
「いたよ!? いーまーしーた―よ!? お前、意識していないものはとことん視界に入らないもんな!」
「はっはっはっ。こらこらシャルハート。いきなりそういう事を言ってはディノラス殿が困るだろう?」
「あいたたたたたた! ごめんなさいお父様! ディノラス様! ぐりぐりがぁ!」
シャルハートの両こめかみにガレハドの『お仕置き』が行われた。
あまり怒られたことのないシャルハートにとって、この手のお仕置きによるダメージは何故か残ってしまう。
そんなやり取りを見ていたディノラスの表情は無だった。
「ディノラス殿、うちの娘がすまない」
「いや、良い。……ガレハド卿、シャルハートの言動についてだが、俺は全部許す。だから好きに喋らせてやってくれ」
その言葉に後ろで作業をしていた兵士たちがざわついた。それもそのはず、『彼に流れているのは血ではなく溶けた鉛か何かだ』、そう言われるほどにディノラスは日々の業務を機械的に行っていた。
しかし、シャルハートからすれば、それは大きな間違いである。
彼ほど熱い男を、彼女は知らなかった。
「シャルハート、どうやらお前は俺に理解があるようだな」
「何のことでしょうかね」
「『意識していないものはとことん視界に入らない』、それを俺に言った奴はアルザとルルアンリ、そして……」
そこまで言いかけた所で、ディノラスはフイとそっぽを向いた。慎重な彼にしては珍しい反応だった。
「どうしたんですか? 無表情のディノラス様が何とも珍しいですね」
「……何でもない忘れろ。ただ、懐かしい人を思い出しただけだ」
その『懐かしい人』をシャルハートは知っている。
シャルハートの記憶違いでなければ、今までの面子の他に、彼へその事を言ったのはあと一人。それどころか、彼にその事を指摘したのは他の誰でもない。そう、
「どういう人だったんですか?」
完全に興味本位だ。昔からディノラスは口数が少ない。だが、喋るのが嫌だという訳ではなく、話題を提供すれば彼は喋るのだ。
それは時が経っても変わらないものらしい。シャルハートに問われた彼は、目を閉じた。
「一言で言うなら、いい加減な人だった。自由な人、という表現でも良いか」
殴り掛かりそうになったシャルハートは、震える両手を何とか押さえつけた。自分から聞いておいてそれは流石に“無い”と理解していたからだ。
少しだけ辛い精神修行になるかもしれないと、シャルハートは何となく身構える。
「あの人はいつも自由だった。自分のやりたいことをやるために手ずから動き、そして道を切り開いていく。俺は良く、その人が動いたことで起こる、あらゆる問題を処理していったものだ」
少しだけノって来たのか、ディノラスの口数が徐々に増えていく。
「虐殺以外なら何でもやってきたせいで、俺がどれほど苦労したか……。あの人が知っている問題、知る前に片付けた問題、挙げればキリがない」
「……ごめん」
「? 何故お前が謝る?」
「い、いえいえ! 何でもありません! ちょっとディノラス様に感情移入しちゃいまして! あははは!」
「そう言えば、あの人も俺が注意するとそうやって笑い飛ばしていたな……」
ディノラスの話には思い当たる節しかない。だからこそ、シャルハートの口からは自然と謝罪の言葉が出ていた。
苦労させたこと、そして、そこまで耐えさせていたことについて。
だからこそなのだろうか、シャルハートの口から自然とこの言葉が出ていたのは。
「ディノラス様には感謝していると思いますよ。その人は多分照れくさくて言えなかっただけで、本当はディノラス様にいつもお礼を言いたかったのだと思います」
「……」
彼女の言葉に、ディノラスは少しだけドキリとした。
それもそのはず。彼の目には一瞬、シャルハートがその人に映ってしまったのだから。
「……何故だろうな、お前の口から出る言葉は、あの人からの言葉に聞こえてしまう」
「あの人が誰かは分かりませんがね」
少しだけ悲しげな目つきをした後、ディノラスはシャルハートに背を向けた。
「シャルハート、最後に一つだけ頼み事をしていいだろうか?」
「ディノラス様からお願いなんて珍しいですね。何でしょうか」
「俺に労いの言葉を掛けてはくれないだろうか? そうだな……敬語はいらん。お前が一番楽な言葉遣いで良い。……頼めるか?」
その言葉に何も察しないほど愚鈍ではないシャルハート。
彼女はちらりとガレハドを見る。グリルラーズ家現当主は何も言わずに頷いた。そうすることが、ディノラスにとって良いことなのだと承知していたから。
故に、ガレハドは数歩後ろに下がった。手を僅かに動かし、周囲の人間に空気を読ませる。
「分かりましたディノラス様」
元より断るつもりはなかったシャルハートは、二つ返事で承諾した。
咳払いを一つし、シャルハートはディノラスに跪くよう指示をする。
異様な光景である。
貴族の娘が、クレゼリア王国軍副団長を跪かせるなど、イレギュラー中のイレギュラー。
だが、これに対してディノラスは異を唱えなかった。
そうすることが当たり前のように、ディノラスはシャルハートを前に膝をついた。さながら、王へ忠誠を誓う騎士のようだ。
「……ディノラス様」
周囲の目など気にせずシャルハートは、ディノラスの頭に手を乗せた。
「ディノラス、お前は凄いやつだよ。黙々と何でもこなせるし、いつも訓練は欠かさないしな。だけどそれだけじゃ駄目だぞ。安らぎあっての命だ。肩の力抜け、顔の筋肉固めるな。ただでさえ仏頂面なんだから誤解されるぞ」
「ああ」
「でも、そんなお前に助けられている奴がいるっていうのも忘れるな。お前は今のままでいい、だけど時には休め。それぐらいがお前には丁度いいんだからな」
「ああ。――――あぁ」
ディノラスはそっと目を閉じていた。
シャルハートの言葉は、彼の耳にはどう聞こえていたのか。それは彼だけにしか分からない。
ただ、彼が再び立ち上がるまで、数分の時を要したことだけは、ここに記しておこう。
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