第35話 やってきたのはウルスラ先輩でした

「え~と……ウルスラ先輩は何故、私たちのいる所が分かったんですか?」


「勘です」


 無駄に即答されてしまった。しかもかなりふわっとした答えである。


「私は常に学園内をぶらぶらしてますからね。巡り合うのもまた運命の一つといったところでしょう」


「その運命は別の方に感じてください。それじゃあ行こっかミラ」


「え、ええと……うん」


 ミラの手を引き、後ろを振り向いたシャルハートの前にはウルスラの大きな胸があった。

 そのままの勢いで突っ込んでしまう彼女は、鼻先をウルスラの胸にぶつけてしまう。怪我はなかった、ただ柔らかい感触だけがあった。


「そうですかそうですか。私の胸に飛び込んできてくれますか」


「……いつの間に」


 油断していたというのもあるが、それを差し引いてもシャルハートは驚いた。気配が移動していたことに気づかなかったのだ。

 これがもし命をかけた戦闘だったならば、今頃自分は死んでいた。


「ただ急いで君の背後に回り込んだだけです」


 それが出来ただけ、凄いと口に出すのも癪だったので心のなかでだけ思っておくことにした。

 ただの変人ではなさそうだと、認識を改める。


「私たちは研究会の活動を見に行きたいんです。良いから行かせてくださいよ」


「研究会ならこの棟ではやってませんよ? この第一棟の隣にある第二棟に研究会が集約され、活動をしているので」


「やっぱりそうだったみたいだねミラ」


「それなら第二棟に行ってみようよ! ウルスラ先輩もどうですか?」


 まさかのお誘い。

 シャルハートは何かミラが精神に作用する魔法でもかけられたのかという不安が過ぎったが、特に何かされた気配はない。つまり、素でそういうことを言ったのだ。


「ちょ、ミラ? この人と行動を共にすると多分ロクな事が起きない気がするんだよね? 止めとこう?」


「で、でも……一人って寂しくないかな? ウルスラ先輩はどうですか?」


 ミラがそうウルスラに問いかけると、彼女は俯き、すぐに答えを返さなかった。

 心配になったミラが彼女の顔を覗き込むと、彼女は涙目になっていた。


「うえぇ!? う、ウルスラ先輩!?」


「ミラ……君は良い子ですね。うう……そこの血も涙もない銀髪の耳には届いていましたかね……? 彼女の優しい言葉が」


「泣いている割には中々辛辣なコメントですね」


「そんなミラにはこれをあげましょう」


 そう言うと、ウルスラは懐から小冊子を取り出し、ミラへ手渡した。


「これはこの学園の研究会の一つである『広報会』が制作したクレゼリア学園のガイドブックです。君にあげましょう」


「え、いいんですか!? ありがとうございます!」


「ええ、ええ、良いですとも良いですとも。可愛い後輩のためです。ガイドブックなんていくらでもありますから一冊くらいどうってことありません」


「じゃあ私にも一つください」


 シャルハートが人当たりの良い笑顔を浮かべ、手を差し出すと、ウルスラはそれを取らず、そっぽを向いた。


「駄目ですー。君にはあげませんー。私に意地悪しているからあげませんー」


 唇を尖らせるウルスラ。


「んなっ……」


「ミラさんに見せてもらってくださいー。じゃあ、私はふてくされるので去ります。では、また今度」


「あ、見せてもらうのは良いんですね」


「そうしなきゃ君がかわいそうじゃないですか。じゃあ、研究会の見学でしたっけ? 楽しんできてください」


 そう言い残し、気づけばウルスラは姿を消していた。

 その消え方に、シャルハートは驚く。何せ、気配ごと消えているのだ。

 何か特殊な歩法でもなさそうだ、つまり、ここから導き出せる答えは一つ。


「魔法……それも空間を“跳べる”類の」


 空間を跳躍する類の魔法である。

 シャルハートはもちろん使える。だがあまりにも便利過ぎて、意図的に使用せず自分の足で歩くくらいである。

 しかし、その魔法に必要な魔力量は非常に膨大で、使える者はそういない。

 あのアルザやディノラス、そしてルルアンリでさえその使用回数は限られている。


「ん? シャルハートさんどうしたの?」


「……ううん、何でもないよ」


「それじゃあ早速行こっか!」


「そうだね。研究会か……どんなことやってるんだろ」



 ◆ ◆ ◆



 クレゼリア学園第二棟。

 勉強メインの第一棟とは違い、ここは研究会用の部屋で占められている。

 研究会は公式、非公式を合わせれば、正確な数は分からないという。


「当然と言えば当然だけど、壁や廊下の造りは同じみたいだね」


「そうみたいだね。シャルハートさんは何か見たい所ある?」


「う~ん……とりあえず一通り見てみたいね」


「分かった! じゃあ気になった所を見ていこう!」


 まずは手始めに目についたオカルト研究会を覗くことにした二人。

 ノックをし、少し待つが返事がない。アイコンタクトをした後、二人は頷き合い、代表してシャルハートがドアノブを捻った。


「失礼します」


 床の真ん中に書かれた巨大な魔法陣の上に、数人が仰向けに寝転がっていた。皆、手を組み、何かぶつぶつと呟いている。

 即、閉めた。


「え、どうしたのシャルハートさん?」


「んー……と、うん、他に行こう」


「なんで?」


「この中に入ると呪われると思う。うん、多分悪魔召喚とかしているんだよきっと」


「うぇぇ!?」


 もしかして、研究会というのはこういう変人の集まりなのだろうか。

 一抹の不安がシャルハートの脳裏に浮かび上がる。

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