第54話 人攫い、現る

 優先順位がキスになった。今日来た目的は祝いの社交界だよ!

 キスする為だけに帰りますは通じないし、それうっかり王太子殿下に言いそうだからだめだ、止めないと。いっそここで今すぐ致した方がよいのだろうか……ああでもそれは私が精神的にもたない。


「メーラ、手を」

「んんん」


 意気揚々と帰る気のレイオンになにも言えないなんて、結局は私も期待してるってことだ。もうやだ、自分が暴かれていくみたいで追いつかない。

 王城の庭を横にして二人で戻ろうと足を進めてすぐだった。

 妙な感覚に身体が強張る。


「……え?」 


 レイオンも何か感じたようだった。


「待て」


 中庭を横目に回廊を通る時に違和感を感じる。同じようになにかを感じたレイオンが私を自身の背に隠した。

 暗く広い王城の庭の向こうに感じた不快感が足元からぞっと這い上がる。


「誰だ」


 音もなく現れたフードで顔を隠した男。間違いない、前に私の前に現れた男と同じだ。

 指先から震えが始まり、心臓が妙な音をたて始め、血の気が引いていく。

 レイオンが自身の腰にある剣に手を掛けた。


「……レイオン」

「大丈夫だ」


 次に気配も足音もきちんとある目の前の男以外の人間が暗がりからぞろぞろでてきた。

 同じようにフードを被って顔は見えない。暗がりになっていてはっきり見えない人間を抜いても十数人はいる。数が多い。


「目的は?」

「聖女候補」


 分かってんだろと笑う男は前と同じで声を変えていた。

 変えても同一人物だと分かる男は、大人しく寄越せと主張する。


「私が許すとでも?」

「まあ力づくだろうな」


 男が手をあげると周囲の人間が一斉に飛びかかってくる。剣を抜いて応戦に出るレイオン、私はただ彼の背に隠れているだけだった。せめて震えが止まれば、強張る身体が動けば、ここから逃げることぐらいはできる。


「メーラ、離れないで」


 私が離れた方が逆に彼も戦いやすいはず。多少の追手はかかるかもしれないけど、私を守りながら複数の相手をするより動きやすいと思う。少し走ればすぐに人の多い会場に出るし、それが最善な気がした。


「レイオン、私、」

「駄目だ」


 風を切る音をたてて炎が上がる。私の左側を掠めて火が壁になった。その先にいる刺客は驚いて身を引く。近くだけど焼けない距離で火の壁を出すなんて、剣を交えながらできることなの?

 レイオンはこちらを向くことはなく、いつになく低く詰まる声で一字一句しっかり伝えてくる。


「君は私が守る」


 右手側の刺客の足が凍る。地面ごと凍ったからか動けない。けどその氷もすぐに割られてしまった。さっき壁になった炎もすぐに小さくなって消える。おかしい。魔法で出たものはそう簡単に壊せるものでも消えるものでもないはずだ。

 以前、秘密基地の泉では氷は割れる素振りもなく、一度出た炎は氷を解かすまで燃え続けていた。


「レイオン、もしかして」


 本調子じゃないの?

 見上げ、僅かに見えた横顔が苦しそうに歪む。

 満月を越えたばかりだ。万全ではない彼が魔法を使いこなしながら剣で戦うのは厳しい。

 万全であっても十数人相手にするのは難しいのだから、調子が悪いのに加えて私を守りながらなんて、もっと難しいに決まってる。


「無理を」

「違う」


 対して愉快とばかりに笑うフードの男は自身の剣を抜いてこちらにゆっくり近づいてくる。


「やっぱ調子出ねえな」


 満月にレイオンが弱くなることを知っているの?

 王城の警備を抜けてきたのも気になるけど、彼のことを詳しく知っていることに違和感を感じた。

 ずっとやりたかったと男が笑う。


「あんたを斬れる」


 私が扱える魔法は治癒関係が主でこういう戦いで役に立つようなものがない。挙げ句震える身体ではまともに力になることもできなかった。折角貴族院で基礎を学んだのに思い出すのは聖女教育で培ったスキルばかりで役に立たない。


「っ」

「レイオン!」


 多勢に無勢とばかりに追い詰められる。時折彼の服や浅く皮膚を斬っていった。死角からフードの男が剣を振り翳し、守る為に聳え立った炎の壁をあっさり切り裂いた。

 剣の先はレイオンのまま。だめ、レイオンを守らないと。これ以上傷ついてほしくない。

 なにか役立つことを、聖女教育以外で私が知るもの……炎……だめだ、焚火しか出てこない。こんな時にキャンプの話だなんて。あ、でもまった。


「風だ!」


 切り裂いたはずの炎を煽り、火の勢いを取り戻した。風を送るという単純な作業だ。キャンプでは基本、と今言っても場違いか。もうそのくらいしかやれることなかったし。


「っ」


 場違いな発想とはいえ役に立ったらしい。

 タイミングいい時にやれたらしく、フードの男は手を焼いたらしい。片手でもう片方をおさえてきた。あまり火が強すぎると王城に影響が及ぶから、風を送るのをやめると火はすぐに弱くなる。けど相手方を怯ませるには充分で、距離を詰めずに様子を見てくるだけだった。


「?」


 別の気配に視線をずらす。会場側からバタバタけたたましい音が回廊に響いた。

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