第37話 夏の旅行プラン:北の別邸

「別邸に行く」

「どのあたり?」

「北だ」


 元々夏の旅行プランにいれていると言うけど、私が熱中症をやらかして気を遣ってもらってる気しかしない。

 場所は本邸から真北だから、屋敷にいるのとあまり変わらない気もする。けど屋敷ではだめらしい。


「君と旅行に行っていない」

「まあそうだけど」


 北西側は国境線含めて自然保護区域になっていて視察した側とは雰囲気が全然違う。

 水源地なので水場が多く、木々も高いから日陰が多くてひんやりしている。エクセロスレヴォ南端の義姉の家とは大違いだった。


「屋敷よりも涼しいのね」

「ああ」


 ここは肌寒いぐらいだ。

 自然保護区域は王家管理となっているけど、元々はディアフォティーゾ家の領地だった。その関係もあり、国境線と屋敷近くはレイオンも共同で管轄を持っているし、敷地内に別邸も残っている。近い将来、別邸は引き払って保護区域への調査派遣の宿泊施設に変える予定らしい。


「体調は?」

「もう大丈夫だって」


 心配性のレイオンはまだ熱中症のことを気にしている。おかげさまでもうすっかり元気なんだけどな。初期対応がよかったからとは義姉の屋敷で伝えたけど、いまいち響いていない。


「少し歩きたいんだけどいい?」


 別邸の近くを歩きたいとお願いしたら、レイオンが一緒ならという条件つきでオッケーがでた。歩く場所も日陰が多い場所のみだ。


「うーん、過保護が割増しね」

「メーラ?」

「なんでもない。いこ?」


 さすが保護区域といったとこだろう、水は澄んでいて透明度が高い。目を凝らせば水場の生物も沢山いるし、周辺の植物も多種多様だ。


「ここは蛍も出る」

「本当?」


 水の綺麗なところにしか生息していないのに?


「今の季節が最盛期だ」


 そんなこと言われたら生で見たくなるじゃない。熱中症のくだりがあるから、過保護モードの彼には難しい? 見上げるとレイオンもそわそわしてる気がした。もしかしていける?


「……蛍見たい。レイオンと一緒に」


 一緒になら熱中症のくだりあっても許してくれるよね、という甘えと、二人の時間を過ごしたい思いから、恥ずかしながら誘ってみた。そしたら彼は嬉しそうに頷く。


「なら今夜に」

「うん、ありがと」


 ただし体調最優先だと念を押された。昼夜問わず涼しいここなら熱中症の心配ないし、そもそもレイオンだって蛍見る気ぽかったから即決いえーなノリでもいいと思う。


「もう少し歩くか?」

「うん」


 連れ立って歩くようになるとは思わなかった。最初は今まで通り引きこもり裸族生活を続けるだけのはずだったのに今は二人で外に出てる。裸族をやめるつもりはないから生活に変わりはないけど彼との関係は随分変化した。

 これなら即離縁はないだろう。というよりも、離縁申し込まれて私が耐えられるか疑問だった。屋敷の皆は優しいし、フォーはかわいいし、裸族も続けられる。レイオンと一緒にいるだけで心地がいい。

 抜けられない沼にいるようだった。実家の家族は心配だし会いたいけど、即帰りたいという気持ちは薄れている。レイオンとこの辺境伯領にいたいという気持ちだけが膨れていく。


「欲張りになったわ」

「どうした?」

「ううん」


 歩いていく内に光が多く差し込む場所に出た。


「ここは開けているのね」

「王家の研究用だ。陽が当たる場所を意図的に作った」


 元々ディアフォティーゾ家が木材を置いていた場所だったらしい。

 今はまだ整備されてないけど、ここから十年かけて保護区域の生物を一部管理把握するための施設を造る。


「レイオンの仕事って本当沢山あるね」

「ここは王家の管理だから、私はそこまで」

「共同でしょ? 国境線の時もあの数の騎士を束ねててすごいと思ったけど、まだ仕事あるなんて考えてなかった」


 全ての仕事を優先すれば、ご飯と睡眠は蔑ろになるのも頷ける。


「まだ先になると思うが、国境の武力は解体しようと考えている」

「え?」


 南と西の各隣国パノキカトとシコフォーナクセーとは関係が良好だ。武力を放棄し、城壁も撤廃し、平和に関する三国同盟を結びたい。それが現王太子殿下の考えで、王陛下も彼も賛同している。騎士たちも路頭に迷わないよう、王家管轄で別の組織として立ち上げ、形はほぼそのまま残すようだ。


「形は変わるが、私が領地を管理する事は今後も変わらない」

「そうなの」


 三国で良好な関係を築け、魔物も人を襲わなくなったから、武力解体の考えはよくわかる。

 けど、この南北に渡る広大な領地の管理は大変だろう。脅威がなくても領民が快く生活するために、領主であるレイオンは町を発展させつつ平穏を保たなければならない。

 私にとってその規模を管理していくのはとても大変なことに感じた。彼は長い間、それをこなしているから大丈夫かもしれない。けど少なくとも食事と睡眠は削っていたのだから、その分ぐらいは減らしたいと思う。


「なにか手伝えることある?」

「え?」


 正直、女主人として落第の私になにができるかというとこだけど、彼の為になにかしたかった。私にできることで、なにか返したい。


「どう変わっても、君と一緒にいたいと思う」

「え?」

「一緒に、いてほしい」


 だめだろうか、と自信なさそうに囁く。

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