第18話 ケモ耳

 最初こそあまり食べなくて、少しずつ増えていって食べる量が人並みになってきた頃だった。


「今日はそちらに行けない」

「お仕事ですか?」

「……似たようなものだ」

「?」


 日の並び的に今日は寝室添い寝で裸族勉強日だ。けど珍しく明確ではない言葉が彼から発せられる。

 どうやら最初に話してた月に一回一日だめな日が今日らしい。


「遠乗りだが、控えてもらえると助かる」


 遠乗りも?

 毎日のように滝のある泉に行ってはフォーとまったり時間をすごしていたけど今日はだめ? フォーも連れて領地回りでも行くのかな。


「理由をきいても?」

「……すまないが」


 言えないらしい。壁際の反応を見ても我関せず。レイオンはいつも真面目にものを伝えてくるから、こう言ってくるということはなにかしら事情があるのだろう。


「分かりました。今日は敷地内の温室に行く程度にしてゾーイを付けます」

「ああ」


 今日の昼ぐらいから忙しくなるらしい。次の日の朝ご飯ももしかしたら厳しいと。


「そういうことならお構い無く」

「ああ、助かる」


 無表情の中でも少し憂鬱そうに見えるのは気のせいだろうか。


* * *


 温室もなかなかよかったけど、気が乗らなくてあまり時間をかけずに戻ってしまった。

 寝室で裸になりながらまったりしてるけど、いまいちしっくりこない。

 フォーに会えてないからかな? 毎日一度はもふもふしないとだめなのかも。


「カタログ見よ」


 聖女様発信のキャンプブランドをチェックしてみる。

 フォーと秘密の場所は雪の重みで木が折れてしまい、隠れ家的な要素がなくなった。

 なのでリアルにタープをはろうと画策している。引きこもり裸族時代に貯めたお金がたんまりあるから買い物には困らないし。


「いいなあ、キャンプ」


 タープにギア揃えて焚き火しながらお茶やコーヒー飲むとか最高だわ。

 格好良く設置できたらレイオンも誘ってみようか。ああフォーは焼きもち焼きだから彼が来たら怒りそう。自分の主人だから、さすがに吠えたりはしないかな?


「ん?」


 がたりと扉の向こうから物音がした。レイオンの私室からだ。今日仕事で外に出るんじゃなくて、屋敷にいるんだったの。


「……」


 気になってソファから耳を澄ます。

 暫く静かだったけど、またこちらに聞こえるぐらいがたがた音がした。

 模様替えで家具でも動かしてるの? でもその割に物が落ちる音もするし。

 気になって落ち着かない。立ち上がり扉の前まで進んだ。


「レイオン? いるの?」


 扉の近くで呼ぶと息を飲む気配がした。

 やっぱり中にいるの。

 急いで簡易な室内衣装に着替える。そしてまた扉の前に立った。

 この扉には元々鍵がついていない。だから開けようと思えば簡単だ。けどレイオンに事情があるなら許しを得てから入りたかった。


「何かあった? さっきから音がして」

「……問題、ない」


 返事があってよかった、とは思えない声音だった。

 息が荒く、絶え絶えに出した声は震えている。


「レイオン体調悪いの? 大丈夫?」


 問題ないの一点張りだった。いやどう考えても問題ありでしょ。


「全然大丈夫じゃなさそう。お医者様は? せめてバトレルやヴォイソスはいるでしょうね?」


 無言。一人なの? 持病かなにか? 朝は風邪の兆候もなかったし、こんな苦しそうなのにほっとくのも嫌だった。


「入ってもいいですか」

「駄目だ!」


 力強く放たれた言葉は拒絶の色を示す。

 添い寝するぐらいだから仲良くなったとか思ってたのに。その思いは私だけだったっていうの。


「苦しそうなのに」

「大丈夫、だから、絶対、入るな」

「なんで?」

「君を、傷つける」


 なんの理屈でそうなるの。


「だって辛そう」

「その内治る」


 扉越しにそんな声で話されても心配になるだけなのに。

 また大きく物が落ちる音がした。我慢できない。


「入る」

「待て」


 途端、ドアノブだけが凍った。体調悪いのに器用に魔法を使うのね。


「へえ……」


 あくまでも入ってくるなと。

 確かに約束ではある。でも人命かかってる時は別でしょ。

 凍ったドアノブを握った。


「約束破ってごめんなさい」

「え?」


 彼が一瞬戸惑った隙をついて氷を魔法で溶かし、勢いのまま中に入った。


「レイオン」


 部屋には本や書類が散乱し、カーテンは一部引きちぎられていた。

 自分の寝室にまで執務用の机をいれていて、その机の端を片手で力なく掴み、絨毯の上を膝をついて項垂れているレイオンを見つける。

 いつもの凛とした雰囲気なんてどこにもなく、やっぱり身体が悪かったんだと近づこうと一歩踏み出したら、先程と同じく彼らしからぬ大きな声で否定された。


「近づくな!」

「でもレイオン苦しそう」


 肩で息をしている彼が、ゆっくり顔を上げた。

 いつもと同じ色の瞳は瞳孔が開いていて獰猛さを滲ませている。獣の眼のようだった。

 顔から首まで赤くして、僅かに震えているようにも見える。


「来るな……君を傷つけたくない」

「でも……え?」


 え、ちょっと待って。

 確かに身体辛そうなんだけど、頭の上になんか出てる。

 もふもふした耳が。

 よく見れば絨毯の上にももふもふ。

 レイオンの背中、というかお尻に向かってるような?

 え? なに? うそ?


「ケモ耳……」

「!」


 意味が分からないはずの聖女様用語をなんとなく察したレイオンは赤い顔をさらに赤くした。

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