第16話 誰かと一緒に食べるのもおいしい

 室内でも外であってもレイオンと並んで歩くのは結婚した日以来かもしれない。


「レイオンは普段、朝食べないんですか?」

「必要ないと」


 広大な領地回りで多忙の身だ。食事そっちのけなのかもしれない。


「まさか昼夜も抜いてるとかじゃないですよね?」

「昼は領地内の町や国境線の騎士達ととっている。夜は軽くだが」


 あ、だめそう。昼は他人の力でどうにかなってるけど朝と夜ほぼ抜いてるに近いっぽいぞ。

 後ろに視線を寄越すと目が合った件の三人の内双子のヴォイソスとヴォイフィアが、バツ印作ったり首を振ったり否定的な動作の返事を返してくる。一番端のゾーイが二人を見て引き気味になっていた。

 彼の食生活について大体分かった。この人食事に頓着ないのね。


「そしたら、これから朝だけでも一緒に食べません?」

「え?」


 食事をとる部屋はただ広い。中に入ってレイオンと向かい合って座る。

 テーブルも広くて一人で食事をするには淋しい気持ちがあったけど、広いテーブルの端っこでも向かい合うだけで全然違う。

 単純に食欲がわいた。楽しいのかもしれない。

 二人で食事をとることに私ですら変化を感じるのだから、食べない彼にはすごい刺激になるのでは?

 家令を安心させるのも当主のお仕事の一つだから、ここは私がアシストして問題ないはずだ。


「余程忙しくない限りは私とここで一緒に朝ご飯食べるってことです」


 部屋に入り、壁際に控えた筆頭家令たちが瞳を輝かせている。余程ご飯食べてないのね、この人。けど言っても理解してくれなさそうだな。

 今の誘いにすら驚いてる、というよりは疑問に思ってるような雰囲気だもの。


「君と私が、ここで朝を?」

「ええ、そうです」


 手早くご飯が出てきた。

 メニューを見てレイオンが本当に朝食をとらないのが分かってしまう。

 定番すぎる。どこの家庭でも出るようなメニューだった。

 オリーブオイルのかかった葉物野菜のサラダに、チーズを挟んだパイ、はちみつとシナモンのかかったヨーグルトに無花果を添えて、コーヒーつき。しかも量は少なめでレイオンの朝の食べる量を窺おうというのが目に見えている。

 どれだけ朝食抜いてきたの。


「一緒に食事を……」


 出てきた朝食を見て、フォークとナイフをとらずにかたまってしまった。

 そんなに悩むことかな? 仕事が好きすぎて時間おしいとか?

 そういえば、朝は彼の姿を見ることなく起きて朝食をとることばかりだった。

 私の起床より早く出ていたということは、早朝から夜遅くまで働き詰め? それは駄目でしょう。


「レイオン」

「一緒に?」


 朝食を見つめながら、屋敷で誰かと食事をとるなんて久しぶりだと囁いた。


「御家族と食事は? ええと、お姉さんがいるって」

「私が当主になってすぐに嫁いでしまったから」


 そこから一人だったと。

 レイオンのご両親は彼が貴族院にあがる前に亡くなっているから、おおよそ二十年ぐらいは一緒に食べる人がいなかった。

 もしかして一人屋敷で食べるのが淋しくて抜いていたとかじゃないよね? いくら距離が近くて人柄の良い家令が揃っていても、ご飯を一緒にとることはないから、ああして壁に控えるしかない。会話もそうないだろう。私もここで食事をとる時はほぼ無言だし。

 反応を窺い見るも読めない表情だから嬉しいのか煩わしいのかも分からない。


「誰かと一緒に食べるのもおいしいですよ?」

「いいのか?」


 これから一緒に食事をとっても。

 遠慮がちに囁かれる言葉に笑顔で応える。嫌な要素がどこにもないもの。


「レイオンがよければ」

「………………頼む」


 たんまりあった無言の後に控えめに囁かれた言葉に壁際がわいた。


「ありがとうございます」

「では明日から」

「ええ」


 折角シェフが用意してくれたおいしい料理だ。勿体ないし、シェフの仕事を奪うわけにもいかない。

 促すとやっと手を動かして朝食を食べ始めた。

 幸いこの国では食事をしながら話しても問題ない習慣を持っているから、楽しく会話しながらご飯を食べられる。


「そうだ、ききたいことがあるんですけど」

「?」

「ディアフォティーゾ家に飼い犬っています?」

「え?」


 フォーのことを話した。

 無表情のレイオンからはなかなか読めないけど、壁際はなぜか笑いを堪えている。


「……気にしなくていい」

「え?」

「ここの者であるのは間違いない。領地回りをしているだけで害はないから、そのままで」

「はあ」


 飼い犬だけど放置? でも領地回りの仕事をしている? 広い範囲を担当してる番犬みたいなものかな?


「何か君に迷惑を?」

「いいえ。とても利口で優しい子ですよ。ただ遠乗りの時しか会えないので、普段屋敷のどこかにいるのかなと」

「……気に入っているのか」

「はい。可愛いですし」

「ブフォッ」


 壁際から変な声が聞こえた。目線だけ動かすとヴォイソスが口に手を当てて前かがみになって震えている。ヴォイフィアが肘でヴォイソスを力強く突いた。


「可愛い、か」

「そうですね」


 褒め言葉なのにレイオンの手が一瞬止まった。

 気になって名前を呼ぶと、なんでもないと平坦に返ってくる。


「あまり屋敷にいる事はないから、遠乗りの時に相手をしてもらえると助かる」

「はい」


 どちらかと言えば、私の相手をフォーがしてくれてる気もするけど、そこまで言わないことにした。

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