第7話 遠乗りと大型わんこと野外裸族
どうなるかと思った結婚生活は中々快適だった。
「奥様、今日はいかがなさいますか?」
ゾーイも屋敷の侍女たちとうまくやってるみたいだし、顔合わせ以降よくしてもらっている。私の事情をうまく伝えてくれているのか変な噂もない。想像していたより、かなり快適だ。
なによりこの屋敷の主人が領地回りで外に出ていて自由感が半端ない。たかだか数日だけど、窮屈感一切なし。ご飯も美味しいし、ベッドはふかふかでよく眠れる。
「外に出るわ」
「お一人で?」
頷いて応える。
ゾーイは私が一人でいたがることを知っていて、屋敷の中でも外でも一人でいる時間を用意してくれた。
「領地内であれば遠乗りも問題ないそうです」
行動範囲の確認までしてくれてる。家のルールも確認済みとか本当できる子。
「それなら遠乗りで」
「はい」
馬丁に一頭馬を借りた。よく躾けてあって大人しく言うことを聞いてくれる。元々動物には好かれやすい方だけど、とても温厚だ。いい馬丁が世話をしてるのも勿論だけど、ここの主人の力でもある。
「ではこちらで」
「分かった。時間には戻ってくるから」
一人になるにあたってゾーイと決めたルールは、時間制限ありの待ち合わせ場所設定あり。
制限あるのはあまり気持ちよくないけど、かなり無理を言っているし、ゾーイの立場もあるからここに落ち着いた。手綱を木に止めて馬を置いて一人領地内の森へ深く進む。私は基本徒歩派だ。
「……」
森とはいえ、領地内だからか整備された感があるかな。
少し進むと開けた場所に着いた。小さな滝が落ち、留まって広がった水は透き通っている。覗くとそんなに深くなさそう。
「んー、泳ごうかな」
がさりと近くが不審に揺れ、草が擦れる音に振り返る。今の時期なら活動している動物は多い。その中でも熊には遭遇したくなかった。冬眠に入る前で気が立っていることが多いから。
「……」
がさがさする先を見つめつつ退路を確保。すると出てきたのは熊ではなく、大型の犬だった。
「……狼じゃなさそう、だけど?」
魔物でもなさそうだけど、野犬でも注意は必要かと警戒はとかない。銀色に近い灰色の毛並みに綺麗なくすんだ緑の瞳を持っていた。落ち着いていてこちらに敵意や警戒心を向けていない。少し距離を置いて犬が座った。見覚えがある。
「あ、あの時の」
初めてこの屋敷に来た日に隣のバルコニーから飛び降りていった子だ。結局家令にも屋敷の主人にもこの子のことはきいてない。
私の言葉に大きな尻尾が一度跳ねる。返事をしてるような仕草に見えた。
「えと……おいで?」
試しに声をかけると理解しているのか私の足元までやってきて伏せた。
「触ってもいい?」
どうぞとばかりに頭が上がる。そっと撫でると毛並みのいいモフモフ。両手で触っても嫌がらない。
人に慣れてるな。首回りを触り始めるといい具合に首を反らしてくれるあたり、よく分かってる。やっぱりここの飼い犬かな。
「ん?」
首回りを触っているとかたい何かにあたる。手に取ると紐が通った銀の小さなプレートだった。
「首輪?」
人のネックレスをそのまま使ってそうだけど。その銀には文字が彫ってあった。
「……フォティア?」
ぴくりと目の前のわんこが反応する。
「貴方の名前?」
大きなモフモフ尻尾が一振り。
「ご主人は? 近くにいないの?」
小首を傾げる。
「あ、旦那様の飼い犬かな……あっちの家の子?」
反応なし。
屋敷付近の領地内のこの森は管理人いるのかな? 後できいてみよ。
「名前はフォティア……どれ」
上半身を抱き起こしてみる。
「男の子か」
その言葉に明らかにびくんと反応して、素早く私から離れた。
「おや」
じとっとした不審者を見る目を向けられ、距離もあけられ尻尾も下がってる。
「あー、ごめんね?」
下品だったかな? でもそれ犬に分かるの?
目の前の反応を見るに明らかなんだけど、犬ぽくないな。人を相手にしてるみたい。
「フォティア……んー……フォー」
距離を開けたまま首を傾げる。
「折角だから愛称で呼ぼうかなって。フォーって呼んでもいい?」
予想外だったのかフォーから気の抜けたような雰囲気を感じた。視線を一度逸らし逡巡を見せた後、こちらに再度視線を寄越し、最後に尻尾を一振りした。
きちんと見ていてあげれば、はっきり意思表示をする子だ。頭もいい。
「うん、ありがと」
よし、と言って立ち上がると、フォーが隣までやってきた。本当賢い子だな。
「あ、フォーも一緒にどう?」
見上げたフォーが小首を傾げる。
胸元に手を寄せ服を脱ぎにかかると、フォーがぎょっとしたような顔をして毛を少し逆立てた。猫みたいな反応だな。
「水は嫌い? 泳ごうかと思って」
ついでに真っ裸にもなれて一石二鳥だ。室内専門の自宅裸族な私も、実は野外で裸になるのもありだったりする。勿論そう外では脱がないけど。
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